俺が、惟の事を守っていこうと誓ったのは7歳の夏だった。

交通事故だった。

幼馴染を見つけて道路に飛び出した馬鹿な俺をかばって、

猛スピードでかけるトラックにひかれたのだ。

奇跡的に。

本当に奇跡的に惟は命を取り留めたけれども、彼女は音を失った。

あれから10年、俺の世界は彼女を中心に回っている。




―君の声が聴こえる―




惟は笑ったりうめいたりするとき意外言葉を話さない。

聴力をなくしてしばらくの間は、普通に話していたが、

少しずつ口数が少なくなっていって、

小学校の三年生のころにはほとんど話さなくなっていた。

理由を聞くと、自分の言った言葉が聞こえないと、

上手く言葉にできているのか分からないし、

声を出さなくっても不自由はしないからだそうだ。

きっと聞こえないことが不安なんだろう。

すべて、俺の責任だ。

そんな彼女を聾唖学校なんてところに一人で行かせる事になるのは心配だったから、

学校に頼み込んで、芸能活動の仕事が無いときはできるだけ

一緒にいるという条件つきで、中高同じ普通の私立学校へ進学をすすめた。



事故があってしばらくした後、俺は彼女と結婚の約束をした。

子供の約束のようだが、今でも俺はこの約束を守っているつもりだ。

耳の不自由な彼女を一人にしては置けない。

俺が守らないと駄目なんだ。

彼女は弱い。

聞こえないことに不安が無いはずがない。

それに彼女には支えてくれる両親もいない。

両親ともに仕事が大切で、家には寄り付かないのだ。

俺といないとき彼女は音も、人の気配さえない場所で過ごしている。

彼女自身は大丈夫だと言い張るが、無理をしているようで見ていられない。

俺が側で守ってやらないと。



「京一、今度のライブで歌う曲もう作ったか?」

シャープペンを回していると、バンド仲間の修也が話しかけてきた。

「ん〜、あと2曲かな。なんかいい題材ない?」

俺は逆に聞き返す。

修也は「無い」と、笑いながら言ってきた。

俺は一応人気バンドのボーカルというものをやっている。

友達の紹介で知り合ったやつらが、バンドを結成するという話を聞いて、

音楽に興味のあった俺は、そのバンドに入れてもらうこととなった。

ボーカルになった理由は楽器が一つも演奏できないからという単純な理由だ。

街の小さなライブハウスとかで歌っていたのだが、

すぐに評判になって、とんとん拍子にメジャーデビューまでしてしまった。

最初に作詞はプロの人にやってもらっていたのだが、

一度作詞をしてみたら、それが結構好評で、

それからずっと作詞は俺の仕事、作曲は昔から修也の仕事になっている。

いつも事務所内の一部屋でその仕事に励むのだ。



「京一ってさ。正直どうなの?」

修也がB5ノートを睨んでいる俺を覗き込んできた。

「どうって・・・・なにが?」

訳が分からない。

「恋愛話。惟ちゃんと付き合ってるんだろ?

 ライブの後、毎回楽屋に来るぐらいならさ。

 それにしては、京一から惟ちゃんの話きかないなって。

 あ、それとも他に女がいるとか?」

修也が興味津々と言う顔で俺を見つめる。

いつもは惟と、呼び捨てをするのに、こういうときだけちゃん付け。

「くだらない。

 そんな話聞いて面白いのか?」

本当に、くだらない。

俺に何を言えって?

「いいだろ、減るもんじゃないし。」

そういう修也にため息をつきながら向き直る。

「惟とは、幼馴染で婚約者。

 付き合ってるとかそういうのじゃない。

 まぁ、婚約してるからいずれはそうなるだろうけれど、

 まだ手も出してないし。

  惟は弱いから、俺が守ってやらないと。」

そう下を向いていったら修也の唖然としたような声が聴こえてきた。

「お前ら、それでいいのかよ・・・。」

いいと言うか、惟の耳が聞こえなくなったのは俺の責任だ。

惟は俺がいないと駄目なんだ。



他のバンド仲間が部屋に入ってきて、

その話はそれで終わってしまった。

修也は不満そうに俺のほうを見ていたが、

俺は自分の意思を変えようとは思わないし、

惟も当然今までのままで、

俺のそばにいることを望んでいると思っていた。



その二日後、日曜の今、俺は事務所の廊下で女の子を泣かしている。

「ゴメンね、俺、婚約者いるし。」

そう言うと、彼女は涙を流しながらこちらを睨んだ。

「それって、親が決めたとかですか?」

そう言う彼女は、同じ事務所の新人で、

二ヶ月前のデビューからかなりの人気を出している有力株だ。

「いや、その、そういう訳じゃなくって・・・。」

彼女はどれだけ断っても食い下がってくる。

はっきり言うと、この手の女性は友達としても、

お付き合いはご遠慮したいのだが、同じ事務所の人間として、

あまり騒ぎを大きくしたくないので上手く説得しようと心がける。

「じゃぁ、何なんですか。

 京一さんに婚約者がいるなんて聞いたことがないし、

 いまどき婚約者だなんて・・・。昭和じゃあるまいし。」

結婚する意思があったら昭和も平成も関係ないと思うけど。

「あのさ、真美ちゃん、君は今売れっ子のアイドルだし、

 誰から見てもとても魅力的だよ。

 だから俺じゃなくても他にいい人がすぐに見つかるよ。」

そんなことを口にしたら彼女は俺を睨みつけ、怒鳴ってこういった。

「京一さんじゃなきゃ嫌なんです!婚約者ってどんな人なんですか?

 どうしてその人と婚約したんですか?

 真美のほうが絶対可愛いし、京一さんのことを愛してる!!

 婚約者のこと話してくれなきゃ、ここでずっと泣き喚きますよ!」

泣き喚いていてくれ!

とは言えるはずも無く、

個室はまずいだろうと自販機の前のコーナーへと彼女を連れて行く。



いすに座らせて、自分も向かいのいすに腰を下ろす。

「真美ちゃん、俺と婚約者の惟が婚約した訳は・・・・。」

俺は仕方なく話すことにした。

惟とは幼馴染だということ、俺の所為で惟が聴力を失ってしまったこと。

そして、惟のことは俺が守ってやらなきゃいけないということ・・・・。

そんなことを話している間、

彼女はずっと俺の目を見て真剣に話を聞いていた。

話し終わると俺を睨んだまま彼女は口を開いた。

「・・・ずるいです。

 真美だって、京一さんがトラックに轢かれそうになったら庇います。

 京一さんのためなら耳が聞こえなくなるぐらいかまわない。

 惟さんは当然のことをしただけです。

 それなのに京一さんの一生を縛るだなんてひどいです!

 それに惟さんって、京一さんのこと本当に好きなんですか?

 いい男を連れまわして自慢したいだけなんじゃないかなぁ。

 真美のほうが絶対本気で京一さんのこと好きです!」

そういって俺を見つめる。

俺は返す言葉も無く彼女を見る。

「私、納得できません!

 これからも諦めないんで!」

そういって立ち上がり、鞄をつかんで行ってしまった。



俺は金縛りにあったように動けなくなっていて、

頭の中では彼女の言葉が反復していた。

『惟さんって、京一さんのこと本当に好きなんですか?』

考えたことが無かった。

毎日のように部屋へ迎え入れてくれて、

ライブになると、聴こえないのにライブハウスに来てくれて、

終わった後必ず嬉しそうな顔で俺に会いに来てくれる。

昨日だって、俺のことを笑って部屋に向かいいれてくれたし、

来週のライブに誘ったら来てくれるといっていた。

だけれども、思い返してみると好きだとは言ったこともないし、

言われたこともない。

それに惟が俺のことを頼ってくることもほとんど無かった。

他の人に比べて、耳が聞こえないというハンデを持っているのに、

自分のことはなんでも一人でやっていた。

俺は自分の中で、血の気が引くのを感じた。



なぁ、惟。

お前にとって俺は必要だろ?

俺がいなきゃ、何もできないんだろ?

なぁ、責任、取ってやるからさ。

惟は、俺が守らなきゃ・・・・。



彼女の言った声と、そんな俺の中にある思いが頭の中をかき混ぜる。

もし、惟が、俺のことを疎ましく思ったいたら?

もし、惟が、俺とは別の男を好きになったら?

そんなことが頭の中を駆け巡る。



その日は、惟に会いに行くことなんかできずに、

家に帰ったら速攻ベッドに横になり、そのまま寝てしまった。



翌朝、月曜だけれどもライブが近いので仕事にいかなければならない。

あぁ、そういえば後一曲まだ作れていないんだ。

ライブまでに間に合うだろうか。

そんなどうでもいい事を考えながら、家のポストを開けた。

新聞は後で親が取りにくるだろうからそのままにして置く。

ダイレクトメールばかりの中に、俺宛の手紙を見るとそれを取り出した。



惟からだ。



表には京一様、と書かれていて、裏には惟の名前が記してあった。

封を開けるのが怖い。

素直にそう思った。

頭に浮かぶのは昨日言われた言葉。

俺はその手紙を鞄に突っ込み、玄関の門を開けそのまま事務所に向かった。

事務所のいつもの部屋に着くと、まだ、誰も着ていなかった。

鞄の中から手紙を取り出す。

俺はつばを飲み込みパイプ椅子に座り、その封を破った。

その中に書いてある言葉を読んでいく。

其処に綴られたのは紛れもない惟の声。

最初にこう書いてある。

『京一のことを縛るつもりはない。

 自由に生きて欲しい。』

その後には自分が一人で生きていけること、

今まで障害のこと意外でも俺に十分に助けられてきたということ。

俺の足かせにはなりたくないということ。

これからの人生を、自分のために使って欲しいということ。

数枚にわたる手紙の最後にはこう記してあった。

『耳のことで京一を恨んだことは、

 一度や二度は在ったかも知れないけれども、

 今までも今も。多分これからも、

 京一のことはとても好きだと思っている。』

拒絶の言葉、ではない、惟の正直な想い。

どうすればいい?

これから、惟を守ることは出来なくなってしまうのか?

自由に生きて、自由・・・・・。



「京一、それって惟からの手紙?」

声のした方を向くと、修也が立っていた。

「あ・・・・。」

修也は長い前髪を掻き揚げながら口を開いた。

「あのさ、昨日惟にあって色々言ったんだ。

 惟と京一のこと。」

俺は頭が回らなくって、黙ったまま修也を見上げる。

「お前見ててさ。おかしいと思ったんだ。

 このままじゃ絶対壊れるなって。

 お節介かもしれないけれどさ、お前らのこといいなって思ってたから。

 最悪の壊れ方とかして欲しくないじゃん。」

悲しげにそう言った修也にようやく俺は声を出せた。

情けない、こんな声を。

「修也、俺、どうすればいい?

 これからは自由にしろって。

 自由に、何すればいいんだ?」

修也の、まっすぐな瞳が俺に突き刺さる。

「お前は、どうしたいんだ?

 惟のこと、どう思ってるんだ?

 惟はお前が思っているよりずっと強いよ。

 いや、お前なんかよりずっと強いって言った方がいいかな。

 それに、聴こえるって言っていた。

 本当に大切かことは聴こえるんだって。

 お前の、これから一緒にすごしたい相手は誰なんだ?」

俺が、一緒にいたいのは・・・。



「修也、ライブの曲さ。

 一曲残ってたろ。

 あれ、使っていいかなぁ?」

多分すごく情けない顔をしている。

それでも。

ようやく分かったんだ。

今までどんなに愚かしかったんだろう。

たったこれだけの答えを導き出すのにこんなに時間がかかってしまった。

ようやく君の声を聴く事が出来たよ。

惟、君に。

伝えたいことがあるんだ。



久しぶりのライブ。

最近はテレビ出演ばかりで、こんなホールでで歌うことはなかった。

先日告白してきた子にはきちんと、俺の気持ちを話して諦めてもらった。

それにしても、こんなに緊張するのは初めてだ。

もし、「勘違いするな」と、惟に拒絶をされたら?

そもそも、もし、惟が会場に来ていなかったら?

もし・・・・。

考えるのは悪いことばかり。

何を欲を出しているのだろうか。

俺がやるべきことはただ一つだ。

伝える。

ただ、それだけだ。

「京一。行くぞ。」

修也が声をかけてくる。

顔を上げてみると他のメンバー達も俺を見て笑っている。

「あぁ、行こうか。」

多分、照れくさくってこの思いを謳うまで、

目なんかあわせられないと思うけれど。

コードレスのマイクを握り締め、

スポットライトの当たるステージへと足を進める。

観客のかぼちゃ畑で俺を待つ君のもとへ。










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6000を踏まれたかおる様のみお持ち帰りOKです。
遅くなった上にこんな文で申し訳ありません。


     2005/03/11