私、北村砂那もうすぐ18歳。婚約者がいます。

その名前は藤谷秋。18歳。幼馴染だ。

女の私より100倍近くかわいらしい彼が、最近妙によそよそしい。



―金木犀の香り―



「秋、オハヨウ。」

登校途中で秋を見つけて後ろから声をかけた。

「あ、砂那。オ、オハヨウ。」

私たちが通っているのはいわゆる金持ち学校。

此処の生徒は自家用車での登校なども珍しくは無い。

かくゆう家もそこそこの大きさの財閥と言うものだ。

秋も同じで政略結婚なんて珍しくない世界の人間だ。

しかしこの婚約は政略結婚なんてたいそれたもので無くって、

親父同士が無二の親友だったので、

お互い異性の子供が出来たので結婚でもさせてみるか、程度のことだ。

「ああ、そうだ秋、親父がまたチェスの相手して欲しいって言ってたぞ?

 今夜ひまなら相手してやってくれないか?私じゃ相手にもならない。」

秋と二人で歩くと徒歩登校している生徒の注目を浴びる。

私は生徒会長なるものをやっているし、秋はファンクラブが出来るほどの人気ぶり

人目を引かないわけが無い。

「ごめん、今日は止めとく。日直だからもう行くな。」

私は何もしないで好きな人の将来を手に入れたと思っていたのだが、

最近の秋の様子を見たいると、そうでもなさそうだ。

「そっか、解った。親父には残念だったなって言っておくよ。」

そう伝えると秋はすぐに走り出して行ってしまった。

私に会うまでは急いでいる素振りなんか見せなかったろうに。

中学のころまでは一緒に登校していたっけ。

最近は互いの家にも遊びに行かないし、学校で話したりすることもほとんど無い。



一人で土間へといって下駄箱を開けると数枚の手紙。

毎日のことだ。

「砂那!!」

急に腰に圧迫感を感じる。

「総。抱きつくなよ。」

上から抱きつくのではなくって救い上げるようにわきの下に手をいれて抱きしめる。

器用な奴だ。

「俺のラブレター読んでくれた?」

私の手には五通の手紙。

一通は総か。

「まだだ。まったく暇だなお前も。」

総が離してくれたので靴を履き替えて歩き出した。

「砂那さん、忙しいとかいて心を亡くすと書くんだよ。

 暇なのは結構なことじゃないですか。」

思わずため息をつく。

「総、暇なのは結構だが其れに振り回される私の身にもなってみろ。」

総はニヤニヤしたまま後で手紙の返事が欲しいと言った。

「そうだ、砂那。一限目自習だって。生徒会室で二限まで過ごそさないか。」

生徒会室はサボったり自習をするにはうってつけの場所だ。

断る理由も無い。

出席をとったら行ってみようか。

「お前、一度教室にいったんなら何で土間まで来てるんだよ。」

私に渡した手紙が気になったわけではないだろう。

こいつからの手紙は毎日のことだから。

「砂那に会いたくって。」

総はいつも笑ってはぐらかす。

こいつ、高原総一は同じクラスで生徒会の役員。

副会長をやっている。

普段はいいかげんな奴だが私は好きだ。

なんでも器用にこなす割に大切なことになると転で駄目な所とか。

やっぱり親父同士も仲がよくって、ほんの時々だが幼い頃に三人で一緒に遊んだりもした。

私にとっては気心の知れた悪友のようなものだ。



出席をとった後、総と席を立って生徒会室へと向かった。

鍵を開け入り、最初に窓を開ける。

窓からすぐ近くに一本の大きな金木犀の木がある。

この間までは窓を開けると金木犀の香りがしたが、今はもうしない。

「今年の夏は暑かったから、よく咲いてくれていたのに。」

一昨日着た台風の所為で全部散ってしまった。

今年は台風の当たり年。出来ればもう少しあの香りを楽しみたかったのに。

「何が?」

総が荷物を置いて側に来て言った。

「ああ、金木犀だよ。台風の所為で散ってしまった。」

窓を閉めて応えた。

「金木犀か。お前好きだよな。

 大事な幼馴染とのあま〜い思い出があるとか?」

こいつの、こういう所が嫌いだ。

「砂吐きそうなくらい甘い思い出だ。聞くか?」

すわり心地のよい生徒会特別の椅子に座りながらそう言うと、

やめておくと控えめな返事が返ってきた。



鞄から先ほどの手紙と、朝コンビニで買ったレターセットを取り出す。

「砂那、お前いちいち全員分返事出してんの?」

総が驚いたように聞いてきた。

「知らなかったのか?真剣に書いてくれた手紙だから、真剣に返すのが礼儀だろう。」

レターセット代は馬鹿にならないが、仕方が無いだろう。

「返事書いてるの俺の手紙だけだと思ってた。」

自意識過剰野郎め。

「まぁ、お前の手紙の返事が一番時間かかるけどな。」

そういったら総は嬉しそうに笑った。

私には総が何をしたいのかは理解できないが手紙に付き合ってやるくらいなら出来る。

どうせ暇だし。

「其れ全部ラブレター?」

嫌なことを聞くな。

私は返事を書きながら応える。

「・・・・三通はラブレター。残りの二通は秋のファンから。」

別れろとか、つりあわないとか。

「罪な男だねぇ、秋も。

 ラブレターの方はどんな奴から?」

プライバシーの問題じゃないのかそれは。

「一人が男、二人が女。」

女にもててもな。

「俺以外は女かよ。」

悪いですかい。

それにしても今時ラブレターとは古風な女性が多い学校だ。

「この間ミスコン優勝者に告白されて男子には嫌われたるんだよ。」

まぁ、困りはしないが。

「ミスコンって、由利ちゃんに?いいなぁ〜。

 俺もあんな可愛い子に付き合ってって言われてみたい。」

十分もてているくせに何を言うか。

「そんなんだから婚約者に信用されないんだよ。」

こいつにも婚約者と言うものがいる。

彼女の前に出ると途端に挙動不審になるのがこいつの面白いところ。

行動で気持ちを示すなんて出来ないし、かといって言葉で表すことも出来ない。

極めつけは流れる総についての噂は色恋のあまりよくない話ばかり。

まぁ、ほとんどがガセネタだが。

婚約者の信用を落とすには十分すぎるものだった。

「ほっとけ。」

そう、一言言った後、部屋の隅で何かぼやき始めた。



「お前はこの時間なにするんだよ。」

そう聞くと総は一冊の本を鞄から取り出した。

「シェイクスピアのオセロ。」

私は本をあまり読まないから「オセロ」も名前しか知らない。

文学史では習った。

「面白い?」

にやりと笑う。

「俺にとってはな。」

総は本の蟲だ。

いつも文庫本を持ち歩いている。

純文学が好きなようだが、この間貸してくれたのはサスペンス物だった。

「読み終わったら貸してくれ。」

こいつと私の本の趣味は酷似している。

総が私に面白いといったものは大抵私も好きになる。

オセロか。楽しみだ。

総は頷き、私は再びラブレターの返事に取り掛かった。



最初に女の子から貰ったものから返事を書く。

返事は学年とクラスと名前が書いてあるものしか出さない。

帰りに下駄箱に突っ込んで置けるものだけだ。

名前が書いてないものも多いし、

名前だけでもこのマンモス校から探し出すのは苦難の技だ。

今回の手紙は二通ともクラスと番号までしっかり書いてある。

私が返事を書くのはクラスが書いてあるラブレターだと噂になっているらしい。

書くのは毎回断りの返事。

気持ちは嬉しいが、他に好きな人がいるので君の気持ちには応えられない。

そんな臭い台詞を並び立ててペンを滑らす。

二通とも書けたら、問題の総の「ラブレター」。

毎度毎度これには悩まされる。

開いてみてみると、今回の手紙には一言

『俺のこと、どう思う?』

知るか!っと突込みを入れたくなるような文章だ。

唇の下を、シャープペンの端で押しながら考える。

形容詞でいいのかこれは。

総にあう形容詞を考えて見る。

もてる、カッコいい、カッコつけ、頭がいい、

恋愛ベタ、男前、方向音痴、意外と優しい・・・・。

よい意味のものが多いのが少々気に食わないが、そんなところだろう。

他に何か・・・・・・。

しばらく思いつかなくて考え込んでしまう。

これだから、総の返事には時間が掛かる。

結局ありきたりかも知れないが、こんな言葉を書くことにした。

『私の、お気に入りだ。』

こんなくだらない返答で納得するとは思わないが、

其れを封筒に入れて宛名を書いた。

他の手紙も封筒にしまって鞄に入れる。

三通とも放課後に生徒会室に来る前に下駄箱の中に入れえておく。

総には手渡しでもいいかと思うが、少しこっ恥ずかしい。

自習時間の残りの時間は鞄からMDを取り出して音楽を聴くことにした。

私はクラシック派。

ドボルザークだとか、音楽家の名前はまったく分からないが、

家にあるCDをかたっぱしからMDに落として聴いている。

疲れているときなんかは特に。



気づいたら運動場で体育をやっているのだろうか。

遠くで騒ぐ声がきこえた。

どうやら寝てしまっていたようだ。

「砂那、起きたか。気持ちよさそうに寝ていたぞ。」

ああ、と返事をして腕時計を見たら、もう11時半を回っていた。

「総、お前も今までここにいたのか。」

もう、三限目を迎えている。

「いやぁ、起こすのも悪いし、俺一人で帰るのもなんだし、

 本読みたいし。授業でたくないし。まぁ、硬いこと言うなって。」

まったく。

サボりの片棒を担いだようだ。

チャイムの音にも起きなかった私も私だが。

「おい、砂那。外見てみろよ。愛しの秋ちゃんが体育やってるぞ。」

総がからかい混じりに外を見ながら言ってくる。

私も無言で総の隣に行き、窓の外を眺めた。

運動場ではマラソンをやっている男子生徒と、それを応援する女生徒の姿があった。

少し見渡しただけで秋を見つけてしまう。

恋する乙女の症状その一だ。

女生徒の中には「秋君カッコいい」と声援を送っているものも少なくは無い。

「ヒュー。秋君もってもて〜。」

こういうとき、総のことが無性に殴りたくなる。

「私の婚約者だからな。この位当たり前だ。」

最近、秋は本当にもてるようになってきた。

昔は可愛いとしか言われてなかったが、高校に入ってからはかっこいい。

そう、呼ばれるようになった。

かっこいい秋は私だけが知っていたはずなのに。

「悪い悪い、冗談だって。怒るなよ。

 近頃、秋とあまり一緒に無いけど喧嘩したのか?」

そういう時は黙って見守ってくれるとありがたいのだが、

総は興味津々と言う顔で聞いてくる。

「・・・違う。何でかな。話しかけてもそっけないし、嫌われたもんだよ。」

何か原因があるなら直すこともできるが、其れすらもわからない。

「そっか・・・。俺も似たようなもんだよ。まぁ、頑張れよ。」

適当な励ましに適当に返事を返す。

初めに背を越されたのはいつだったか。

いつの間にか、秋のほうが力も強くなっていたし、

いつも横にいたはずなのに、もう、手を繋ぐことすら叶わない距離になってしまった。

「他に好きな人でもできたんだろうか。」

そんなことも、思わず口からこぼれてしまう。

「おいおい、珍しく弱気な発言だな。そんなにヤバイのか?」

総が何気なく聞いてくる。

「やばいよ。これでもかって位に。そろそろな潮時だって思ってる。」

そうか、と返事が返ってきてその話しは終わりになり、

そのあとはくだらない教員の間抜け話などを面白おかしく話した。



そろそろ、潮時だ。





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     2004/10/26