ずっと。
信じてきた。
君の背中には翼があるんだって。
―君の背中と青い空―
彼女はいわゆる幼馴染と言うものだった。
小さいころからどこへ行くにも同じで、それは僕らが大人になっても決して変わることはない。
そう思っていた。
昔から僕は彼女のことが大好きで、その気持ちは、例えばギガレンジャーが大好きといった気持ちと酷似していた。
でも今だって僕は、彼女を好きだと大声で叫べるぐらいだ。
あの頃とあまり気持ちに変化はないものだけれども。
まぁ、子供の頃は彼女とずっと一緒だと思っていたんだけれども、
例によって例の如く大人になるにつれてどんどん解ってくるんだ。
一緒にいられる訳がないと。
彼女の背中には大きな翼がついていて、
僕の背中には親の期待すらもついてなくって、骨と皮と肉だけだと気づいたのもその頃だった。
それでも、僕は彼女が大好きで。
いつのまにか僕にとって、不敵に笑う彼女は僕の身近な存在から憧れと変わっていた。
言うなれば手の届かない「高嶺の花」だと言うことをようやく理解したんだ。
一度だけ眠っている彼女にキスをしたことがあった。
まぁ小学生のときだから時効ということにして欲しい。
彼女が自分とは違うと思い始めたときだ。
どうしようもなく彼女が愛しくて。
思えば、あの時彼女は起きていたのかもしれない。
次の日はいつもと変わらなかったけれど、彼女はそういう人だから。
彼女には翼を自由に広げられる大空が似合うと思いながら、
どこかで彼女が自分を置いて飛び立っていってしまうことに脅えてすごしていた。
頭では理解していても心がついていかないって事。あるだろう?
心はまだ、子供の頃のままだったんだ。
しかし彼女はそんな僕にお構いなしで羽根を広げることに夢中になっていった。
もちろん僕はそんな彼女を誇りに思っていたし、できるだけの応援はしてきたつもりだ。
彼女が僕を置いて飛び立つまで、前ばかり見て案外敵の多い彼女の背中を守り続けようと。地べたを這えずり回って。
僕は羽根をもっていなかったから、彼女の前に出て道を切り開いてやることはできなかったけれど、
背中を守ることぐらいはできた。はずだ。
そうして、時がくるまでの間、側にいようと。
こうしている内に僕の背中にも羽根が生えてこないかと、淡い期待を抱いたりしてみたが、
やっぱり背中には骨と皮と肉しかついていなかった。
一度だけ、そう、一度だけ、彼女が立ち止まってしまったことがあった。
彼女の大好きだった叔父が死んだときだ。
両親とあまり仲睦まじいとはいえない家庭な彼女は、時々尋ねてくる叔父が大好きだったみたいだ。
僕も何回か会ったことがあった。
髭もじゃな熊みたいな人だった。
でもなんだかとってもあったかい人だった。
彼女は泣く事も忘れて只、呆然としていた。
僕が後ろから、背中の羽根を潰さないように優しく抱きしめたらようやく涙を流してくれたんだ。
僕の使命は彼女の背中を守ること。
それからもいつも一緒にいた。
彼女ももう一度羽根を広げようとしているみたいだったし、
僕も彼女を見ながら少しでも役に立つようにがんばった。
彼女はいつも僕に「美しいもの」を見せてくれた。
それは只、単に彼女の見ているものを後ろから覗き見するというものなのだけれども。
でも、それを見るのが僕にとっての一番の幸せだったんだ。
例えば雪の広がる校庭だったり、雨上がりで水滴の反射する蜘蛛の巣だったり。
他にも今すぐ頭の上に降ってきろうな星空だとか、風になびく新緑の柳だったりしたけれど。
どれもみんな綺麗だった。
気づけばもう18歳になっていて、まぁ受験と言うものですよ。
どうしようかと悩んでいたところ、彼女に一緒に東京に行かないかと言われ、
まぁ、断るわけもなく、東京に行くこととなった。
彼女は大好きだった叔父がやっていた写真を学ぶらしく、僕はなぜか頭だけは良かったので、
弁護士というのもになろうかなと思い始めていた。
大学は違ったけれども、一緒に住むようになった僕らの関係は変わることなく続いていった。
友人には付き合ってもいない異性と一緒に住むのはおかしいと言う人もいたが、
それが僕らなんだと言ったら、そのことについては何も言わなくなった。
まぁ、人生そう上手くいく筈もなく、翼を広げて飛び立つにはいろいろな苦難や挫折があって、
其の度に彼女は弱音や愚痴をこぼしたりしていたが、最後にニヤっと笑い、次は見返してやると言って、
前に向かって突き進んでいた。
僕にも弁護士になるにはいろいろ苦労したが、法律の勉強は彼女といる時間の次に楽しかったし、
彼女がいればどんなにつらくても頑張ってこれたんだ。
いつのまにか大学も卒業していて、僕らは社会人になっていった。
僕は資格をとって弁護事務所に就職し、
彼女は昔からあこがれていた先生のスタジオに入れてもらえることができたようで其処に就職した。
「先生」には一度だけ会った事があるが、やっぱり髭もじゃで、あったかそうな人だった。
彼女はこういう人が好きなのだろうか。
そしてまぁ、二人とも順序良く出世と言うものもしていった。
僕らは家にいることは少なくなったが、やっぱり一緒に住むことをやめなかった。
そして彼女はまだ、僕の側にいた。
でも、背中の翼は大空で気持ちよく羽ばたいているようだ。
僕の届かないところにいってしまうと思っていたのに、家に帰れば彼女が笑ってコーヒーを入れてくれる。
もちろん彼女の仕事のないときだけだが。
なぜだか解らない、でもちょっとうれしい日々を送っている。
昨日の晩、彼女が本を出すということを聞いて(彼女は前日にならないといつも何も言わない。)
仕事もせずに、本屋に向かったわけだが、
彼女が言うには僕へのラブレターが書いてあるらしい。
本を開いてみると僕が彼女の後ろから見てきた「美しいもの」ばかりが写真になって載っていた。
最後のページに一節の詩が書いてあった。
―私の部屋にいる天使へ。
いつも大きな翼で後ろから優しく包み込んでくれてありがとう。
今すぐにでも、その大きな翼で飛び立つことのできる君を縛りつづけてしまったね。
君のおかげで翼を持たない私も、大空を見ることができたんだ。
私が君にできることはコーヒーを入れてあげることぐらいだけれど。
君があの部屋に帰ってきてくれる限りコーヒーを入れて待っているよ。
大好きな、大好きな君を―。
何故?僕が天使?
僕は肩に手をかけてみたけれど、やっぱり其処には骨と皮と肉しかないのが背広越しに伝わってきて。
翼を持っているのは彼女ではないのか?
すぐにでも飛び出すことができたのは彼女でしょう?
どんなに背中を見てみても翼なんてものはなくって。
でも、僕には大地を走ることのできる足というものがあって。
よくわからないけれどそれはいつの間にか動き出していて。
急いで彼女がコーヒーを入れて待っているあの部屋へ。
そしてもう一度あの口付けを―。
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2004/08/16