「こんにちは。」

サボりにきた屋上で、思わぬ人がいたことに驚きながら声をかけた。

「こんにちは。」

彼女は口からタバコを離し、こちらを向いてニヤリと笑った。



―甘い味のキス―



彼女は俺の一つ上の先輩で、生徒会の副会長をやっている。

所謂、優等生と言うものだ。

生徒からの支持もあり、教員からの信頼も厚い。

だが、目の前の彼女の口に加えられたものはタバコだ。

頭を整理しながら彼女の横に立つ。

「サボり、ですか?」

そう聞くと、切れ長の目でチラッと俺を見て、視線を空に戻した。

「風下に立つな。お前、確か陸上部のエースだろう。」

俺の事を知っていたことに驚きながら風上に移る。

「タバコ、ですか。」

なんとなく、口に出した。

俺にとっての、と言うか、普通の生徒にとってのこの人は、

聖人君主そのものだった。

いつも笑顔で受け答えし、なんでも手際よくこなしてゆく。

なんだか裏切られたような気分だ。

「外面に、だまされたのか?」

彼女はそういって、嬉しそうに笑った。

「先生たちも見事にだまされてますね。」

俺は、屋上の手摺にもたれ、誰もいない運動場を眺めた。

「はは、だまされる方が悪いんだよ。私は悪くない。」

彼女の口から吐き出された煙が風に消えてゆく。

だまされる方が・・・・ね。



「変わった香りのタバコですね。」

親父とかが外で吸ってくるものとは違う。

独特のにおい。

「ガラム。」

そう言うと、彼女は手を伸ばしその長い指で俺を手招きした。

俺を手間抜きする彼女の姿はタバコの煙と重なり、抽象画のようで俺の頭に焼きついた。

何も考えずに近寄ると彼女は俺の胸元を掴み、引き寄せられた瞬間、

俺の唇は彼女のそれと繋がっていた。



30秒近いディープキスが終わり、彼女の目を見ると、

さっきと変わらずニヤリと笑っていた。

俺は驚くほどに冷静で、彼女のそんな様子を見て運動場に視線を移した。

「甘い。」

口の中にはバニラの味が広がっていて、

こんなタバコもあるんだなと、そんなことを考えていた。

「時々、この味が恋しくなってね。」

手摺に肘をつき俺のほうを向く彼女は、実に妖艶としか言い表せない姿だった。

「俺、彼女いるんですけど・・・・。」

思い出したように、大して好きでもない自分の彼女のことを口に出した。

「知るかよそんな事。」

そういって、どうでもよさそうに彼女はタバコを吸殻入れにしまい、

新しいタバコに火をつけた。



ふと、気になったことがあった。

「生徒会長は、知っているんですかね。先輩のこと。」

彼女は、生徒会長と付き合っているという噂だ。

ムードメーカーで、人気者な彼は、いつも問題を起こし、

副会長の彼女がうまく後始末をする。

そう言う光景がよく見られた。

彼女の方を見たら、笑うだけで何も応えてはくれなかった。

どうやら付き合っているのは本当らしい。

そして、彼が何も知らないことも。

「俺が、生徒会長にバラすとか、考えなかったんですか?」

そう聞くと、彼女から笑みが消えた。

鋭い視線が俺を捕らえる。



「・・・・殺すよ?」



しばらく俺を睨みつけた後、彼女は口からタバコを離し、手摺にタバコを押し付けた。

俺の周りだけが5、6度気温が下がったようだった。

彼女から、視線をはずすことが出来ない。

彼女は吸殻を吸殻入れに入れ、其れを胸ポケットにしまう。

俺が固まっていると、彼女は入れの方を見てにこりと笑い、

じゃぁな。という声が聴こえた。

屋上のドアが閉まる、バタン、と言う音で、俺は金縛りが解けたようになり

その場にしゃがみこんだ。



唇を舐めてみると、少しだけ、バニラの味がした。

「舌、入れられた・・・・。」

ボソッと呟いた言葉は、誰にも聞かれることはなく、

彼女の煙のように風に消えることもなく、



ただ、何もない空を回っていた。





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     2004/10/30