学園祭のサークルでの出し物の準備で、

すっかり夜になってしまった大学の帰り道。

私は、ある男に告白を受けている。

「立科さん、付き合って欲しいんだ。」



―猫の爪―



目の前にいるのは松下徹。

我が校一のモテル男。

美少年というには少しばかり体格がよすぎるだろう。

所謂プレイボーイ・・・・・・。

いや、言い方が10年ほど古かっただろうか。

とりあえず“女たらし”と噂される人物だ。

この男と私は高校も同じで、

本人と喋ることはなかったがこの男の噂が途切れることはなく、

周りがいつも松下のことで騒いでいたのを思えている。



実を言うと小学校の4年生のとき。

家の建て替えのために一年だけ隣町に引っ越したとき、

一年だけの転校先にこの男がいたのだ。

たぶん、私のことなど微塵も思えてないだろうけれど。

『パン屋のてっちゃん』

近所の人がそう言っていたのを覚えている。

そのときはあまりかっこいいという部類には入っておらず、

女子からの注目も他の人間に集まっていた。

学校にようやくなじみ始めたとき、私は覚えたばかりの道を歩いていて、

リードで電信柱につながれた犬をなでようと手を伸ばそうとした。

其れを見た彼が何を間違ったのか犬に私が噛み付かれそうになっていると思い、

伸ばした私の手をつかみ、驚いて吠えている犬を泣きそうな顔で睨みつけ、

手をつないだまま走って私を連れ去ったのだ。

『リードにつながれた犬から私を救ってくれた滑稽な勇者』

私は震える手で必死に私の手をつかむこの男の子を愛おしく思ってしまったのだ。



そのときはまだ子供で、恋愛どころか恋というものすらよくわかっていなくて、

彼とはそれっきり仲良くなることも無く転校することになった。

中学では他校の噂なんかは入ってこなくて、

高校で再会したときは本当にびっくりした。

高校に入ったときにはもうあの思いが「恋」だったのだと分かり、

彼に近づこうともしたが、

そのときには、彼は誰からも愛されるスーパーヒーローになってしまっていた。

他人に言わせると「地味系」な私にとっては用意に近づくことが出来なかったのだ。

諦めの早い私はとっとと、この思いを「初恋の思い出」に変えてしまっていた。

ところが大学に来て見たら学科は違うが同じ学部にこの男がいるし、

私が入った「天文部」にも新歓直前に入ってきた。

おかげで設立後こんなに女の子が入部した事はないというぐらい、

松下君目当ての入部希望が殺到した。

月に一度の合宿や学園祭の活動にも真面目に参加しているが、

いつも何人もの女の子に囲まれていた。

隣町なので方向は同じだが、女の子を引き連れた団体様に入るのはどうもはばかられた為、

部活のある日、私はいつも松下君が帰った次のバスで帰るようにしていた。

はずだった。

今日は学園祭の露店準備と、打ち合わせのために集まったのだが、

モテない部長の独断と偏見により、あの女の子達は呼ばれなかったのだ。

今までに無くスムーズに、有意義に出来た打ち合わせの解散となった後、

必然的に松下君と私は一緒に帰ることとなり、

今。

この状態に置かれている次第でございます。



「あんまり、話したこと無かったよね。」

私が少し伺うように聞くと、松下君は顔を赤く染めて下を向いた。

罰ゲームか何かの遊びかと思ったが、

よく考えたらこの人はそんなことをするような人ではない。

多少、女性にだらしない感じはするものの、根は真面目で、誠実な人だと、

部活で一緒にすごした時間で知っている。

だからこそ、全く分からない。

彼が私に愛の告白というものをする理由が。

「松下君、モテルからさ。

 部内にもたくさん女の子いるし。

 何で、よりにもよって私なのかな。」

実を言うと、私はまだ、彼以外の人を好きになったことはない。

ほかの事に夢中になりすぎて恋愛をしそびれたというのが実情だが、

彼のことをまだ好きだし、ほかに好きな人もいなかったので、

その思いもいつか消えるだろうと放っておいたのだ。

「立科さんが、いいんだ。

 俺、いつも付き合ってもさ。

 イメージと違ったってふられて。

 外見だけで好きになられて、中身でふられるわけじゃん。

 其れって何だか俺の性格が駄目だって言われてるみたいでさ。」

松下君はためらいながら話し始めた。

そうか、其れはつらい思いをしたんだね。

でもこれって私に関係あるのか?



「立科さんのこと、好きになったのは高3の春だったんだ。

 家近いじゃん。

 雨の日にさ、猫を・・・拾っているのを見て。

 その猫さ。すっごい不細工で。

 みんなその顔を見て笑ってから餌もあげずにそのまま帰っていくんだ。」

猫・・・・、家にいるポルコのことか。

猫を拾ったのを見て惚れるなんて、そんなベタな話あるのだろうか。

「でも立科さんは、暴れる猫無理やり抱き寄せてさ。

 お前捨てられたのかって。

 ぶっさいくだな〜って笑いながらうちに来いって言っていた。

 不細工でも乱暴な根性曲がりでも私が愛してあげるからって。」

松下君の真剣な瞳が私を捉える。

「そのとき、思ったんだ。

 俺、貴方に愛されたいって。」

松下君は不安そうに私を覗いてくる。

どうしよう。

冷静になれ。

頭の中が沸騰しているみたいだ。

まともに松下君の顔が見れない。

目の前にいるのはスーパーヒーローではなく、

私が恋した滑稽な勇者で、パン屋のてっちゃん。

でも、でも。

冷静になってよく考えろ。

私だってどうせなら『愛される』ということをしたい。

この場合彼には其れを望めないのではないだろうか。

彼は、『私に愛されたい』のであって、

『好きで一緒にいたい』から告白してきているわけではない。

彼は猫ではないのだ。



「松下君は、私に愛されたいんだよね。」

ゆっくり彼の顔を見ると彼は頷いていた。

「それって、違うんじゃないかなぁ。

 みんなお互いのことが好きだから

 一緒にいたいから付き合うんであって、

 愛されたいから付き合うって、おかしいと思うよ。」

松下君は私のほうをじっと見つめている。

何だか居心地が悪い。

「お互いが、好きで一緒にいたい・・・って思うようになったら、

 その人と付き合いなよ。其れが、正しいんだと思う。」

本当はすっごい嬉しかったけれど、ボタンをかけ間違えてはいけない。

「だから、この話は無かったことにしよう?」



そう言うと、松下君は嬉しそうに口を開いた。

「それってさ、お互いが好きになったら付き合ってくれるってことだよな。」

私は驚いて分けもわからずに頷いてしまった。

「俺さ、頑張るから。

 頑張って立科さんが好きになってくれるような男になるから。

 だから、そのときは・・・・。」

少し潤んだ瞳で不安そうに見つめてくる。

「え、あ・・・うん・・・・。」

ちょっと待て。

私今、何言っているんだ?

「よかった。断られたらどうしようかと思ったんだ。

 俺、明日からすごい頑張るから。

 よろしくな。」

そういって松下君は呆けている私の両手をとって強引に握手をした。

私が口を開くとも出来ないのを見て、片手だけを離し、

片手はつないだまま歩き出す。

「悪い、すっかり遅くなったね。家までちゃんと送るから。」

手を握る力は少しばかり強いが、

歩く歩調は私から見ても遅いくらいに。

これで、

いいのだろうか。

いや、ゆっくり松下君と知り合うチャンスが出来たってことか?

でも、

何か違うような気がする・・・・・・。

松下君の顔を見ると嬉しそうに微笑みながら信号が青に変わるのを待っている。



まぁ、いいか。

考えることを放棄して夜空を見上げると、

猫の爪のような細い月が一人で浮かんでいた。




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     2005/08/27