君は僕の太陽だ。

そんな、30年前のテレビドラマのような台詞ではないけれども、

僕は本当に先輩を愛しているんです。

いつも見ています。

そういったら、貴方は気持ち悪がるかもしれませんね。

僕のことを軽蔑するかもしれない。

それでも、見ずにはいられないのです。

例え、この眼がすべてを写さなくなったとしても、

僕は貴方の姿を求めつづけるでしょう。



―恋文日



「鈴花、あまり・・・・はまるなよ。」

そう言ったのは従姉妹の奈々枝。

「うん、大丈夫。」

奈々枝は明るい色の髪が短くて体格も男の子のようで、

私服通学の私たちが通っている高校では、

並んで歩くといつもカップルと間違えられる。

「その手紙、もう毎日のようにくるんだな。」

そう、いつも『彼』は決まって朝の6時15分。

私の家のポストに、

このようなラブレターを投函してゆく。

「今朝は雪が降っていたのに・・・。」

完璧な、

ストーカー行為。

10人に聞けば、10人がそう答えるだろう。

まぁ、其れを知っているのは私と奈々枝だけだけれども。

「あまり一人で出かけるなよ。」

そう言って、いつも奈々枝は私のことを心配してくれている。

「うん。」



でも、本当に心配していることは違うこと。

私自身、毎朝カーテンの隙間から垣間見える彼に。

恋情を抱き始めてしまっていること。



彼の不器用で優しい言葉が、私の心を蝕んでいく。



「美穂、今日は生徒会の会計との打ち合わせだけだから帰ってもいいよ。」

図書委員会の当番の片付けをしながら同じ当番の美穂にそう言った。

「そう?鈴花は委員長だから一人の方がやりやすいか・・・。

 もう少し頼ってくれてもいいのに。

 っとか言うけれども、これからデートなのですんごく助かるよ。」

美穂が嬉しそうな顔をすると、隣にいる私まで何だか嬉しくなってしまう。

恋をすると、綺麗になるとは言うけれども、

美穂が彼氏の話をするとき、本当に綺麗だ。



私は今、どんな顔をしているのだろうか。



美穂が帰って、時計を見ると5時をまわっていた。

予定では5時にくるということだったがまだこない。

私はカウンターの中の椅子に座って、

新鋭作家の恋愛小説を読みながら『彼』を待つ。

生徒会2年会計の、今井公浩。

眼鏡をかけていて、黒髪はぼさぼさで、

いつも無愛想だと想っていたけれども、

この間、校庭で友達と雪合戦ではしゃぐ彼は、子供のように顔をしていた。

これじゃぁ私のほうがストーカーだよ。

そう思って本を閉じる。

時計をもう一度見るともう15分も経っていた。

どうしたのだろうか。

この仕事を忘れてしまった?

生徒会の仕事が終わらない?

それとも、今朝雪の中を歩いたことで風邪を引いてしまった?

手紙が来るようになって大体3ヶ月。

その間、『彼』ときちんとした形であったのは4回。

ふたりきりで会うのはこれが初めて。

彼はいつも私を見ている。

私も、いつも彼を探している。

視線が絡むことも幾度とあった。

それでも、私は目をそらし、口をつぐんでしまう。

彼の手紙にすがりながら。



ガラっと、静かな図書室に戸の音が響いた。

「すいません、他の委員会の予算相談が長引いてしまって・・・。」

伏せていた体を起こして彼を見つめる。

「いいえ、わざわざ来ていただいてすみません。」

席を立って、彼が座った向かいの席へと移動する。

「では、来年度の予算なんですが・・・・」

事務的な話。

他のことなんて何も話さない。

何も共通の話題なんて見つけられない。

天気の話で引っ張ってみようか・・・いいや、そんな芸当できるわけもない。

予算の話を終える頃、今井君が呟いた。

「何だか、不思議ですね。」

「え?何がですか?」

突然の今井君の言葉に心臓が高鳴るのを悟られないようにいつもの顔で応えた。

「あ、こっちが年下なんで敬語や止めてくださいよ。

 先輩は、来年此処にはいないのに、今此処で先輩と来年のことについて話してる。

 不思議じゃありませんか?」

目を伏せたまま彼が言う。

書類を書きながら・・・。

本当に器用だなぁ。

「受験組じゃないから、引退しなかったんだよね。

 そうか、来年は此処にいないんだよなぁ。」

この学校の委員会は、受験組は後期引退するが、

推薦組や就職組は引退せずにそのまま最後まで仕事をする。

其れは部活動も同じで・・・・。

そうか、来年、もう此処にはいないんだ。

彼があの郵便をやめてしまったら、姿を見ることもできなくなるんだ。

「先輩は、推薦ですか?」

「うん、地元の女子大に。」

「っえ?」

顔を上げて彼がこちらを見る。

そう言えば今井君とこんなに話したのは初めてだ。

まぁ、会う機会なんて生徒会がらみしかないのだから当たり前だけれども。

「いえ、なんでもないです。」

そう言って彼は視線を書類に戻す。

何だったのだろう。

「先輩、予算の方はこれで終わりなんですけど、

 他の書類製作とかがあって・・・。

 生徒会室閉まっちゃってるんで此処使ってもいいですか?」

「あ、うん。大丈夫。」



私は、今井君の前に座ったまま本を取り出して、

続きを読み始める。

内容なんて、もちろん入ってはこないけれども。

ちらりと彼を見ると、眼が・・・。

あってしまった。

彼はゆっくりと書類に視線を戻す。

私も、本に。

彼の手を見るとそこには綺麗な文字が並んでいた。

いつも見慣れた文字。

綺麗だけれども、どこか癖のあって・・・。

そう、「い」という字が少し歪むんだ。

どんな風に、彼は私への手紙と書くの?

どうやったらあんな純情な手紙が書けるの?

どうして私自身に声をかけてはくれないの?

どうして、朝6時15分ちょうどに手紙を届けてくれるの?



どうして、私を・・・、見つけてくれたの?



彼の指先を見つめながら、そんな事を考える。

まるで、私が彼に欲情しているみたいだ。

「先輩。」

今井君の言葉に現実に引き戻され前を向く。

「そう言えば明日、クリスマスイブですよね。」

彼は視線を書類のまま、そう言う。

「あ、そうだったね。

 今年は雪が多いからホワイトクリスマスになるかも。

 終業式の後とか雪が降っていたら皆嫌がるだろうなぁ。」

明日は終業式。

其れが終わったら、私たち3年は自由登校になってしまう。

「先輩は、やっぱりイブとかは彼氏と過ごすんですか?」

私は目を丸くして彼を見る。

初めて出た、そういう話。

「あ、あの、ほら、茶パツの人と、一緒にいるの見かけたから。

 ・・・・たまたま。だから、彼かなって・・・。」

「其れは・・・、従姉妹の奈々枝、だと思う。

 彼女、よく男の人と間違えられるんだよね。」

「え?女の人?

 あ、すみません、その・・・。」

頬を少し染めて頭をかく。

彼のこんな顔は、初めて。

「そういう今井君は、どうなの?」

「あ、名前・・・。」

しまった。

私は今まで彼の名前を呼んだことがなかったんだ。

会議でも、今井君と話すことは滅多になかったし。

「っ生徒会の人は有名なんだよ。

 其れより、どうなの?」

無理やりに言い訳を作る。

わかって、しまっただろうか。

「イブですか。ええ、まぁ。

 それなりに。」

「そう・・・・。」



『それなりに』

胸が、こんなの痛むとは思わなかった。

彼は、私のことが好きじゃないの?

だからあんな手紙を毎日くれるんじゃないの?

「先輩、終わりました。

 先輩ももう帰りますよね。遅いので送りますよ。」

今井君が無表情のまま此方を伺う。

「もう少し、読んでから部活帰りの友達と一緒に帰るから。」

そう断る。

「そうですか、じゃぁ、気をつけてくださいね。」

私は頷いて視線を本に戻す。

自分ってこんなに可愛げがない女だったっけ。

そう考えながら遠くに聞こえる戸のしまる音を聞いた。



よくよく考えると、私は彼のことを何も知らない。

知っているのは、彼の名前と、役職、

其れと早起きだということと、字の、癖。

彼の兄弟は何人?

彼の友達は?

苦手な教科は何?

好きな食べ物は?



彼女は、いるの?



そう、何も知らなかった。



自分の部屋に入ると、机の中にしまってあるお菓子の箱を開ける。

中には無数の封筒。

其れを一つずつ取り出して床に広げる。



――先輩、庭の金木犀が花を咲かせました。

   その花に触れるとき、僕は貴方を感じて胸が熱くなりました。

    貴方に恋をして、花を愛でることさえも苦しいのです。



―先輩が男の人と歩いているのを見てしまいました。

  彼に笑いかける貴方はとても美しくて、

   僕は嫉妬に頭が狂いそうになりました。

  僕が笑わせることができたらいいのに。

 臆病で、貴方の前にもいけないくせに、

   こんなわがままを考えてしまいます。

  少しでも、その微笑が僕に向かったものだとしたら。



――貴方の声を聞きました。

   決して高くはない心地よい声。

  僕を酔わす先輩の声は、

    まるでローレライの歌声ですね。

   どうか僕だけの為に歌ってください。

    海に沈んで、死んでしまってもかまわないから。



―先輩が読んでいた本を買ってみました

  切ない恋のお話ですね。

   貴方は何を思ってこの本を読んだのでしょう。

  僕は今、貴方に会いたい。



――初めて、貴方の涙を見ました。

   どうして泣いていたのかは知る由もないけれども。

    其れはとても綺麗で、胸が苦しくなりました。

   貴方に触れて、その涙を拭ってやりたい。



             貴方が好きです。






頬に何か熱いものがつたう。

何をやっているんだろう。

彼の手紙にすがって、自分は何も行動に移さなかった。

いつからこんなに醜くなったのかな。

恋をすると綺麗になるなんて嘘だ。

私はこんなにも・・・・・。



机に向かって便箋を出す。

彼のように綺麗な言葉は紡げないけれども。

何を書いていいのかもわからないけれども。

それでも、伝えたい。

彼がそうしてくれたように。



朝、6時10分。

天気は予想通り雪。

傘をさして家の郵便ポストの前に立つ。

両親は仕事で一週間ほど家に帰ってこないため、其れをとがめる人間は誰もいない。

ああ、奈々枝に見つかったらどやされるなぁ。

耳を澄ますと雪の音。

あまり雪の降らない地方なのに・・・・。

彼はまだ、こない。

傘には雪が降り積もってきた。

結構大ぶりの雪のつぶだ。

時計を見るともう20分を過ぎてしまった。

どうしようか。

本当に、かっこ悪いなぁ。

こんなへたくそな手紙なんか書いて。

誰もいない銀世界の中、一人乾いた笑いをこぼす。

『それなりに』

そう、彼は言っていたじゃないか。

本当に馬鹿だ。

馬鹿すぎて、

本当に、

泣けてくるよ。



私はその場にしゃがみこんで、

一粒。

一粒だけ涙を零した。



学校に行くのは憂鬱の一言だった。

それでも私の目は彼を探してしまう。

今日はたまたま寝坊したとか。

終業式だから生徒会の仕事で早くに学校にこなくちゃいけなかったとか。

風邪を引いて来れなかったとか・・・・。

そんな、未練がましいことばかりを考えてしまう。

昨日、話したことで何か幻滅させてしまったのかもしれない。

終業式の為、体育館に行く。

生徒会の人たちはみんな忙しそうにばたばたと走り回っている。

「ねぇ、鈴花。舞台のふちっこにいるの生徒会長だよね??

 ひゃ〜、かっこいいなぁ。」

後ろにいた美穂が私の肩を叩きながらそう言った。

私も舞台の袖を見ると、そこには美形と謳われる生徒会長の隣に彼の姿。

彼はこっちの視線に気がついていない。

私はそっと視線をそらした。

「あ、生徒会長の隣にいるのって今井君だよね。

 2年の。昨日ごめんね。今井君とふたりで予算組んだんでしょ。

 あ、やば。」

担任がまわってきたのを見て美穂が黙る。

胸が熱い。

私、本当に貴方のことが好きなんだ。



帰り道。

奈々枝とロッテリアで食事をしてから帰る。

昼で学校が終わるときはいつもそうしているのだ。

終業式なので今日は制服を着ている。

奈々枝、いつもこういうスカートをはけば男の人と間違えられずにすむのに。

男の人どころか、どこかのモデルみたいに見える。

足がすかすかして寒いと愚痴をこぼす奈々枝を分かれて家へと向かった。



さくさくと雪の上を歩く音が響く。

まだ雪はやまないで、何度か滑りそうになりながら家へと向かう。

去年まではこんなに雪が降ることはなかったのに。

異常気象というものだろうか。

家への道を曲がると、家のポストの前に、

黒い影。

其れは年に数回しか見ない、いつまでたっても見慣れない学ラン。

コートも着ないで、傘もささないで。

「今井君!!」

私は急いで彼のもとによる。

「どうしたの?風邪ひくよ!」

鞄の中からハンカチを取り出して、

背伸びをして彼の頭に積もった雪をはらう。

「先輩。」

「ちょっと待ってね。今、家からタオル持って・・・。」

「先輩!」

大きな声に驚いて今井君と眼を合わせる。

「先輩。俺、今井公浩っていいます。

 2年の、3組で・・・。生徒会は会計やってます。

 科学が得意で、国語が少し苦手で・・・。

 それで、

 貴方が好きです。」

「・・・・。」

「こんなところまで来て、迷惑ですよね。

 昨日、先輩が名字を知ってくれてるって知って。

 名前も、知ってもらいたくなって。

 そうしたら。

 なんだか、俺の全部を、知ってもらいたくなって。

 手紙も、いつも郵便受けに入っている手紙も俺です。

 貴方にとっては気持ち悪いだけかもしれませんけど、

 でも、伝えたくって。

 今まで彼氏がいるんだって勝手に決め付けて、

 其れを理由に逃げてばかりで。

 きちんと思いを伝えることをしなかったんですけど、

 昨日、違うって知って。

 もっと、

 貴方のことも知りたくなって。

 すみません。

 好きなんです。」

今井君はうつむいて私の言葉を待つ。

後ろで、木に積もった雪が、

どさどさっと落ちる音がした。

私も、伝えたいことがあるんだ。

でも、国語が得意のくせに、

上手く言葉にすることができなくって。



傘を、彼の胸へ押し付ける。

「え、あ・・・。」

そして私も、彼の胸へ・・・。

「先輩、あの・・・。」

耳をくっつけると彼の心臓の音。

暖かい。

「先輩。」

「今井君さ。あの手紙。

 あれ、完璧ストーカーだよ。」

「あ、すみません・・・。」

彼の腕が恐る恐る背中に回るのを感じた。

傘をさしながら、やっぱり器用だなぁ。

「でも、私は。

 ・・・本当馬鹿みたいだ。

 そんなストーカーに、

 恋をするなんて。」

「っえ?」

顔を上にあげて彼と眼を合わせる。

「うわっ、ちょっと、待って。

 其れは・・・。」

今井君は元々赤かった顔を更に赤くして、

傘を私の押し付け少しはなれて頭を抱えた。

私は、一番シンプルな答えを出す。

「私、今井君が好きなんだ。」

大粒の雪が、しんしんと降る。

まだまだ、やみそうにもない。

そんな、クリスマスイブ。





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     2005/12/26