ダダダダダ パンッパンッ。

止むことのない爆音。

私が今まで育ってきた施設は今、崩壊しようとしている。



―ラストバースデイ―



いわゆる此処は反国王軍の犯罪組織。

スパイやら、殺し屋と言う名の殺人鬼やらを育ててきた。

私も8歳のときに戦火によって家をなくし、幼馴染とともにこの施設に入れられた。

どちらかと言えば要領がよく、もちろん私の手は赤く染まってはいたが、

この施設の中でも、恋もしたし、喜びを知ることだって出来た。

遠くに銃声が聞こえる。何人が死んだだろうか。

手に握り締めている機関銃の残りの弾は後2、3人を殺せる程度。

毎日寝るときには必ずこの機関銃を抱きしめて寝る。


反乱因子はおそらく施設内の若者たちだ。

最初に武器庫を襲い、予め幹部の部屋や施設の中枢に仕掛けておいた爆弾を時間差で起動させる。

その後散り散りとなった同胞たちを1人ずつ消してゆく。

教えた通りだ。

反乱因子の指導者が馬鹿でなければ、もう退路も絶たれているだろう。

まぁ優秀ではない生徒が生き残れるような場所ではないがな。

私は先の銃撃戦で負った足の怪我を見ながらため息をついた。

この場所は3階なのに煉瓦造りで地下牢のような場所だ。

10メートルごとにおかれる明かりがゆらゆらと不気味に光っている。



―コツン、コツン

誰かが来る。

人数は一人。足音からして新米だ。

私は機関銃足音の方向に構えた。

別に自分たちの手で幸せを勝ち取ろうとする若者たちに恨みはないし、

自分は日が昇るまでは生きていないだろうけど、銃を構えてしまうのはこれまでの嫌な習慣だからだ。

さて、誰が来るかな。



―ガチャン―

向こうも気がついたらしい。銃を構える音が聞こえた。

さぁ、お手並み拝見。

ダダダダダッダダダダッダダダダダ

物陰から物陰へと走り、銃撃をよける。

相手は威嚇射撃のつもりらしい。

手負いの私でも楽々逃げることが出来た。

弾には困ってないようだ。

「ジェイク、教官?」

私は声の方向を見た。

「ルーイ、お前か。」

彼はルーイ・パーキン。私が教えた中でも1番優秀な生徒だ。

とても真面目な生徒だった。

友人を殺すときも他の人間の前では涙一つ見せない。

「ジェイク教官。生きてらしたんですね。」

彼は私がもたれて座っている壁のところまで来て苦笑いした。

「はは、死にぞこなったよ。なるほど、お前が首謀者か。施設の奴らがかなわないはずだよ。」

乾いた声で下品に笑ったら彼は顔をしかめて銃をさげた。

「反乱因子は、何人ぐらい集まったんだ?」

こんなことを聞くのはおかしいかな。

別に知りたくもないけれどなんとなく口から出てきたんだ。

「・・・年少部の、第1班から第11班までです。大体150人ぐらいでしょうか。

 其方の総勢はどれくらいですかね。」

年少部ほぼ全部じゃないか。

組織の上層部も手がでんだろうな。まさに飼い犬に噛まれるって言うのはこういうことか。

「今日は出ているのはいつもの偵察組みと出張組みの15人ぐらいだよ。

 今施設にいるのは280人ぐらいかな。」

こんなこと、もう調べてあるんだろ?わざわざ聞かなくても。

彼は私の横の座ってあたりを見回した。

「此処、地下牢みたいですよね。いつも思っていました。教官もよくこんなところで過ごしてこれましたね。」

ああ、彼らはこの鳥篭から抜け出してあの大空に飛び立とうとしているんだな。

「何でだろうね。」

私より、生きるべき人間は皆死んでいったのに。

「教官。我々と一緒にきませんか?貴方なら、我々の思想を理解してくれるはずだ。」

そんな事、聞いてくれるなよ。

「無理だ。」

此処から離れてどうしろと言うんだ。

「貴方は言っていたじゃないですか。施設のやり方では破滅と悲しみと血の海しか作り出すことは出来ないって。

 此処は後数時間で敷地ごと消して、そうしたら我々は散り散りになって生きるつもりです。

 我々とくれば命の保証はします。犬死なんかさせない。」

彼の真剣な目が私を突き刺す。

でも、もう、私は。

「無理だって。」

私は先の銃撃戦で負った足の怪我を見ながらため息をついた。

「俺と一緒に来てください。そうすれば必ず外の世界で幸せに―」

私は機関銃を胸に押しあてた。

いまさらながら私はこんな物を毎日抱いて寝ていたのかと思って後悔していた。

どうせ死ぬのなら、こんな機関銃を抱いているよりもぬいぐるみの一つでも抱いて寝ればよかったと。

「無理だ。」

無感情の私の声が波紋のように広がり空間に浸透する。

いつか私も大空を夢見たことがあった。

でも、そのとき私にはとても大切なものがあったんだ。

私は先の銃撃戦で負った足の怪我を見ながらため息をついた。

「でも、貴方は言ってくれたじゃないですか。

 大切なものさえあれば、どんな辛いことでも乗り切れるって。俺が泣いているときに言ってくれたじゃないですか。

 あのときから、俺の大切なものは――」

私の、大切なものは――

「無理なんだよ。」

彼は苦しそうな表情を見せた。

気付いていた。気付いていたんだ。

彼の、優しい気持ちには。

誰にでも振りまかれる其れではなく。

私だけにそっと添えられる優しい気持ち。

「其れは、内部に、貴方の恋人がいるからですか?」

気付いていたんだ。

「どうだろうね。」

彼が私を思うように、私も。

「ジェイク教官。」

彼の顔が赤みを帯びる。

「はは。悪い。違うんだ。歳をね、とりすぎたんだ私は。そのことも、もう過去形だし。」

もう。羽ばたくことが出来ないんだ。

もう。

「そんなの、俺がいくらでも・・・・。それに、過去のことならこれからは・・・。」

負傷した右足は熱を持ち出しているらしい。

触ると伝わってくる。



「ルーイ、私は。正しいことの為に戦ってきたわけではないんだよ。」



機関銃を杖の代わりにして立ち上り、彼に背を向けた。

「じゃぁまたな。今度会うときは地獄でか?そのときは、お前の幸せの自慢話。沢山聞かせてくれよ。」

機関銃を背負って振り返らずに手を振りながらその場を離れた。

少しだけ。ほんの少しだけ嬉しかった。

それだけは誰にも内緒。



彼と別れてから足を引きずりながら渡り廊下のほうに進んだ。

あそこから見える、山の景色が好きだったんだ。

ここは珍しく壁で囲まれてはいなくて、屋根はあったが胸の位置ぐらいからは風が吹き抜けていた。

頭が狂って自殺するやつは、大体ここから山の景色を見て飛び降りる。

こんなに美しい世界を捨ててしまうんだ。

これから、私も。



渡り廊下に行くと意外な顔がいた。

壁にもたれて疲労して座り込んでいるようだ。

「ドリィじいさん。こんなところで逢うとはな。」

初老の男が私のほうを向いた。

「ジェイク。奇遇だな。」

ニヤリと笑う。

彼はかなりの古株で、誰よりもこの施設のことを知っている。

「まったく参りますよね。」

彼の横に座りながら私もニヤリと返した。

「俺は、お前が指揮しているものだと思っていたんだがな。」

予想外の言葉に驚いた。

「何でですかね。ドリィじいさん。」

ここから見える空の星が好きだったっけ。

「お前は組織のことをよくは思っていなかっただろう?

 それに若年層の人気も得ている。」

私自身を慕ってくれついた人を何人殺したことやら。

「違いますよ。首謀はルーイ・パーキンらしいです。ここに来る前に会いました。」

あと、どれくらいでこの渡り廊下も消えてしまうんだろうか。

「それにしても、俺たちの時代には反乱なんて考えもしなかったんだがな。」

じいさん、ここで育ったのかよ。この施設っていつからあるんだ?

「時代が違うんですよ。武器も違うし。」

夜風が吹く。

少し冷たい夏の終わりの風だ。

「ジェイク、この名前、本当の名前じゃないだろう?

 本当の名前、なんていうんだ。いってみろよ。」

どこからそんな情報手に入れたんだよ。

下っ端の癖して。

「この名前は、施設に入れられるときに自分で付けたんですよ。

 幼馴染には不評でしたけどね。結構気にいっているんです。」

もったいぶらずに言えと爺さんがせかすので、不快には思ったが続けた。

「リンダ、というんですよ。」

彼の笑い声が響く。

幸せな家庭に生まれた女の子の名前。

「お前、そんな女らしい名前だったんだな。」

まったくだ。

「幼馴染はこの名前がすきでね。二人のときはこの名前で呼ばれていましたよ。」

嫌みったらしくいってやったら、彼は笑うのをやめた。

「お前の幼馴染ってギル地方の抗争で吹っ飛ばされたんだっけ・・・。」

組織の人間にはそう報告されていた。

「違うんですよ。生きています。国王軍の病院で、ここでの記憶をすべて失って。」

もう、私との記憶も彼には無い。

「逢ってきたのか?」

しわの入った顔が私を見つめた。

「・・・いえ、部下に調べさしただけです。口の堅い部下にね。いい部下でしたよ。

 ちゃんと墓場までその秘密もって言ってくれたみたいだし。ルーイに会う前にそいつの死体を見ました。」

本当に。若くて先のあるはずの人間はみんな死んでゆく。

「逢わなくって後悔して無いのか?」

そんなこと・・・・。

「後悔はしていませんよ。せっかくここでの記憶をなくしているんだ。そのまま幸せになってほしい。

 それに、逢ってしまったら私のほうが駄目になってしまう。」

そうか、と一言言って二人遠くの銃声を聞いていた。

「なぁ、じいさん。今って何時か分かりますかね?」

銃声がどんどん近づいてくるのを聞きながら口にした。

「ん?ああ、時計を持っているんだ。若いころに大金叩いて買ったやつ。

 今は・・・12時すぎて、20分ぐらいだな。なんかあるのか?」

じゃぁ、もう21日だ。

「彼、ジョージのね。誕生日なんですよ。今日は。」

足音が近づいてくる。


「行こうか、リンダ。」


ニヤリと笑いあう。

最後にそっと景色を望む。

其処にあったのはいつも見ていた満天の星空ではなくって。

赤い月。下は血の海。

私たちの最後を彩るにふさわしい夜だ。

目を瞑れば、見えるのは、かつて幸せだった彼との幼い記憶。


「いたぞ!こっちだ!」



「ハッピー、バースデイ」



ダダダダッダッダダダダダダダダッダ



「トゥーユー」



「女のほうは足に怪我を負っている。仕留めろ!

 組織の人間を根倒しにするんだ!!」



「ハッピーバースデイ」



ダダダダッダッダダダダ



「トゥーユー」



「男のほうはあそこの影だ!いくぞ!!」



「ハッピーバースデーイ」



ダダダダッッパンパン



「よし!あとは女だ!来るぞ!構え!」



「ディーア、ジョージー」



「発砲!」



ダダダダッダダダダダダ



「ハッピーバースデイ――」



ダンッダンッダン



「トゥ―――」










「お兄ちゃん、何で泣いてるの?もう12時すぎてるよ?」

「ん?何でだろうね。悲しくてとまらないんだ。」

「怖い夢でも見たの?」

「ううん。違うよ。今日、僕の誕生日なんだ。」

「記憶が戻ったの?」

「いいや、それしか分からない。」

「ふ〜ん。変なの。お兄ちゃん、おきたらお祝いしようか。」

「いいよ。別に。今思い出しただけだし。違うかもしれない。」

「いいの、やるの!あと、お兄ちゃん。お誕生日おめでとう。

 じゃぁ、もう寝るね。またね。」

「あ、うん。・・ありが・・とう・・・。」









「ジョージお誕生日おめでとう。」

「リンダ。今年は何かな?君のプレゼントはいつも、なんと言うか、ユニークだからね。

 そうだ、ねぇリンダ。」

「ん?なに?ジョージ。」

「来年も、再来年も、ずーと一緒に僕の誕生日祝ってね。」

「うん!当たり前だよ。来年も、再来年も、ずーと一緒だよ。」



「ありがとう、リンダ。」






「ずっとずっと一緒だよ!」










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         2004/09/20