僕には、ヒーロー二人がいる。

其れはほんの小さな頃に見た、

大きな背中で、木から落ちた僕を病院まで負ぶってくれた父の姿と、

いつもそばにいて、僕を守ってくれた女の子。

その二人が、僕のヒーローだ。



―ヒーローの君へ花束を―



「雅彦。分からないところ、ありますか?」

僕がノートに向かって悪戦苦闘しているのを見て、

向かい側に座る倫に目をやる。

「いや、大丈夫。もうちょっとで解けると思う。」

そういってノートにまた目を移した。



倫は幼馴染で僕のヒーロー。

頭がよくって(マンモス校なのに学年トップ10から落ちたことを見たことがない)

勉強だけじゃなくって運動神経だってクラスでは体育祭とかの主戦力だ。

生徒会にだって入っていて、教師たちからの信頼もすごい。

中学の時にはドイツに一年間学校の推薦で留学していたし(ものすごく寂しかったのは内緒だ)

何をしても様になる自慢の幼馴染だ。



「できた。」

本を読んでいる倫が僕の声にチラッと目を上げる。

「そろそろ休憩しましょうか。

 お茶入れてきますね。」

そういって本を閉じて勝手を知った僕の家のキッチンへと向かっていく。

「忙しいのにゴメンね。ちょっとわかんないところがあったからさ。

 倫なら分かるかなって。ひとりだと勉強って続かないし。」

笑ってノートを閉じながら立ち上がる。



倫が入れてくれたのは冷たいアイスコーヒー。

「まぁ、これだけがんばれば大丈夫じゃないですか?

 雅彦だって、そんなに躍起にならなくても、いつもいい成績とってますよね。」

「倫、倫が言うと嫌味にしか聞こえないよ。」

そういって、コップに口をつけながら笑った。

本当は倫は勉強なんかしなくてもいいのに、僕の試験勉強に付き合ってくれているんだ。

「そういえば、進路表書いた?」

不意に、昨日のホームルームにもらったことを思い出して倫に尋ねる。

「ああ、第三希望までのやつですね。

 もう2年ですもんね。高校に入ったばかりだと思っていたのに、

 すぐに出るときの事を考えなきゃいけないなんてせっかちだと思いません?」

倫はいつもの大人びた笑みを見せる。

「うん。」

僕は其れに見とれながら返事を返す。

「倫は、大学だよね?どこ行くか決めた?」

「ええ、まぁ。」

「どこ?」

「頭のいい大学です。」

「教えてくれないの?」

「もうしばらく内緒です。」

「ケチ。」

カラン、と氷の音が部屋に響く。

「雅彦は、どこか決めたんですか?」

床に散らばっている雑誌をパラパラとめくって、

綺麗な広告写真に目を留める。

「うん。」

「どこ?」

「僕も内緒にするよ。」

「そうですか。」

そういって、目を合わせて。

一瞬間が空いて、どちらかともなくクスクスと笑が漏れる。

ああ、かっこいいなぁ、この人は。



期末テストが終わって(思ったよりもできた。倫のおかげかな?)、

そのまま家に帰ろうとしているとき。

倫を見かけて、走り寄ろうとした。

「いい加減にしてくれなせんか?

 先輩の言いたい事は分かります。でも、人にはできることと、できないことが・・・。」

「倫?っと・・・生徒会長。

 あの・・・。」

倫の隣にはうちの生徒会長。この馬鹿でかい学校をまとめるカリスマだ。

「ああ、倫の幼馴染、だよね。

 じゃぁ、倫。明後日の会議で使う資料まとめておいてな。

 それと。

 ちゃんと今言ったこと考えておけよ。」

じゃぁな、といって生徒会長は颯爽と行ってしまう。

「ごめん、なんか話してた?倫見かけてさ。

 もしよかったら久しぶりに一緒に帰れるかなって思って・・・。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

そう、倫が笑った。

はずなのに。

「倫?」

僕の、知らない顔・・・。

「帰りましょうか。」

次の瞬間には、もういつものかっこいい倫がそこにいた。



気になる。

何が、と言われても困るけれども。

あの時。

生徒会長と何話してたのかな。

あの時、僕の知らない顔をしてた。

小さい頃から一緒だった。

いつも何もできない僕をいじめっ子や怖い犬から守ってくれて。

中学、高校と、別々にいる時間が増えて、

知らない友達が増えたって。

いつも冷静でかっこいい姿を見せてくれた。

大人の難しい話に混じる倫の姿だって、いつも自信にあふれて、

少し冷たい、大人の顔だった。



何なんだ、あれは。

少し恥じ入ったような。

困ったような、拗ねたような。

そんな、無邪気な顔。

あれは、誰?


「倫、ちょっと海に散歩に行かない?

 話を、したくて・・・・。」

帰り道。歩いて5分の浜辺に倫を誘う。

「雅彦・・・。

 いいですよ。最近行ってませんもんね。」

浜辺に着くと、あまり人はいなくって、波の音が心地よく耳に届いた。

小さい頃はよくここで貝殻集めをしたっけ。

「久しぶりですね。

 こんなところに雅彦が誘ってくれるの。」

潮風が髪をなびく。

「そうだな・・・。」

そうだ。斜向いで、仲がよくって。

僕の家にはしょっちゅう今でも呼んでいるけれど、

こんな風に学校と家以外で過ごすのは久しぶりだ。

「なんか、静かだね。

 こんなに静かだっけ・・・・。」



綺麗な横顔。

こうやって見ると本当にお嬢様みたいだ。

そういえば倫の父さんどっかの上役なんだよな。

まぁ、うちの学校の生徒は皆基本的に金持ちだけど・・・。

僕の家もそこそこだし。

「親に連絡しなくて大丈夫?

 まぁ、そんなに遅くなることはないけれど。」

「今日は二人とも仕事で帰ってきませんよ。」

「へー、忙しいもんな。

 普段から仕事ばっかり?」

「そうですね。

 雅彦。其れより、話って何ですか?」

倫の少し冷たい視線がこちらへ向く。

いつも、僕が見ている顔。

あの人は、こんな顔を見る事はないのかな?

「今日さ、生徒会長と話してたよね。

 仲よさそうだなって・・・。

 倫、あの人と。

 付き合ってたり、するのかなって・・・・。」



ああ、何だ。

このすっきりしない気持ち。

ただの嫉妬か。

嫉妬して、こんなこと聞いて。

僕は小学生かよ。

「いいえ、・・・付き合ってはいませんよ。

 人としては、惹かれていますけど・・・。」

「そうなんだ。

 なんかさ、ちょっと・・上手くいえないけれど。

 倫が違う人みたいに見えた。」

そういって倫を見ると。

そこには。

「彼は、貴方が与えてはくれないものをくれるんですよ。」

笑っているけれど。氷のような表情。

「僕が与えない・・・?」

「貴方はいつも私を憧憬の目で見る。

 まるで、何でもできるヒーローのように。」

「倫・・・。」

そのままの 無表情の倫が、口を開く。

「でも、彼は、本当は必死になって立っている私を知っているんです。

 本当は、強がっているだけあってことを、知っているんです。

 本当の私は、無力で、何も動かすことができない・・・。」

少し、顔が険しくなる。

「倫?」

「何でもできるわけないじゃないですか。

 できるふりをしているだけです。

 優しいふりをしているだけです。

 余裕のあるふりをしているだけなんです。」

彼女の、声が震えている?

まさか・・・・。

「勉強だって、どれだけ努力しているか知っていますか?

 其れだって、一番にはなれっこない。

 ドイツに留学するのに空港で貴方に見送られるとき足が震えていたのは?

 小さいとき貴方が木から落ちて、ショックでおじさんが来るまで何もできなかった事は?

 あれだけ大切な貴方に、何もできなかった・・・。

 ヒーローなら、普段頼りなくってもいざっていうときには何でも解決して。

 いつも不敵に笑っていて、誰にでも優しくって。誰にでも愛されて・・・。

 両親にも、大切に、愛されていて・・・・・。」

彼女の冷たい表情がだんだん赤くなって、

歯を食いしばって、涙が、一筋こぼれる。

「倫・・・。」

彼女の頬にそっと指を這わせる。



「うちの親。

 今度離婚するんです。

 ようやくですよ。

 仕事なんて嘘で、今だってお互いの恋人と過ごしてるんです。

 もうずっと、お互いに目もあわせなかったのに。

 ようやく・・・・。」

ヒーローなら、こんな危機も軽々と収めることができるんでしょうね、

そういった倫はいつものように、とても大人びた顔で自嘲的に笑った。

「ずっと、ヒーローに。

 貴方のヒーローで、いたかったんです。」

冷たい風が僕らを包む。

僕は彼女を抱き寄せ、泣きそうになったのをぐっとこらえた。

「倫、ごめんね。

 ごめん・・・・・。」

「何で、誤るんですか?」

「うん、ごめん・・・・。」

真っ赤になって、ヒステリックを起こす小さい女の子。

倫って、こんなに細かったっけ?

こんなに、儚かったっけ・・・。



「あの人、生徒会長は。

 私の憧れです。まぁ、同じように私がそう思っているだけかもしれませんが、

 余裕があって、カッコよくって。

 やることなすことむちゃくちゃですけど。

 ほら、今日話していたのも今度の文化祭でリサイタルをするとかで・・・・。

 でも、とても、楽しんでいて。

 憧れて・・・。

 いつも羨ましく思っていた。

 ああいう風に、なりたかったんです。」

「うん・・・。」

「幼い頃、貴方に頼られて。

 ・・・嬉しかった。

 小さい頃から、もう親には見向きもされなくって、

 認められた、気がしたんです。

 でも貴方は誰にでも優しくって、

 貴方の目に映っていたくって、

 貴方のそばにいるのに、こんな方法しか分からなかった。

 ほら、昔から貴方はもてるから・・・・。」

そっと、抱きしめていた腕を緩めて顔を覗き込む。

困ったような、笑い顔。



「そうかな?

 もててると思ったことなんて一度もないんだけど・・・。」

「気付かないだけです。そう言うところ、鈍いですよね。」

ふふっと、倫が花のように笑う。いつもの冷たい笑みじゃなくって。

ああ、この顔。

いつからか見なくなった、僕の大好きな倫の、

嬉しいときの笑い方。

倫の額をそっと撫でる。

愛しくなって、そこに唇を寄せる。

「雅彦、くすぐったいです・・・。」

ふふっと、また笑った。



あれ?僕の腕って、こんなに大きかったっけ?

僕の胸、倫がもたれかかるだけの、広さがあったんだ。

ああ、そうか。

ねぇ、今度は、僕が。

僕が、君を・・・・・。



「ねぇ、倫。

 好きだよ?

 ねぇ。好きなんだ。倫のことが。」

「雅彦・・・。」

「好きなんだ。 

 本当にさ。好きだよ・・・・。」

倫が、僕のシャツをぎゅっと握る。

そっと、壊れてしまわないように僕は倫を包み込んだ。

ああ、生徒会長とまではいかないけれど、

僕もちょっとカッコよくならなきゃなぁ。

そうしたら、僕に憧れてくれるかな?

そうしたら、そばにいてもいいよね?

チラッと海に沈んでゆく夕日を見たら、

ベタ過ぎるだろう、というぐらいロマンチックな情景がそこにあった。



僕には二人のヒーローがいる。

最近ちょっと頭が薄くなってきた、それでもかっこいい父と。

カッコよくって、小さい頃から僕を守ってくれて、

ちょっと不器用で今でもそばにいてくれる。

誰よりも愛しい君。







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リクエストを頂いた花卉さんのみお持ち帰り可です。

花卉さんへ
遅くなってしまって本当にすみません。
とっても面白いお題をいただいたのに、全然進まず、
結局書きあがったのはこんな作品になってしまうし・・・。
本当に申し訳ないです。
バリバリ返品は可ですが、ちょっと、あまりに酷い作品なので、
もう一度、違う話を書き直したいと思っております。
本来ならこの話を破棄して、違う話を載せようかと考えたのですが、
ちょっと時間と気力の問題で、いい加減にUPしたことをお詫びします。
時間はかかるかと思いますが、そちらのほう(もちろん両方でもかまいません)を、
キリバンのお返し、として受け取っいただけないでしょうか。


と言うわけで、次も不器用さんを目指して書きますので、他の皆さんも
そちらのほうを楽しんでいただけたら、と思います。

                         橘 冬希 拝


     2007/06/10