―はい、馬鹿決定。―


「何を言い出すんだいきなり。」

幼馴染の響が嫌そうな顔で俺を見た。

「視線。」

簡潔に。

勝つ解りやすく一言。

響は数秒考えて理解したのか少し顔を赤くしながら喋りだした。

「いつから、気が付いていた?」

それにしても馬鹿はないだろうと、頭をガシガシかきながら言う。

「んーいつからだろう。」

たぶん。

響が自分の気持ちに気付く前から。

彼女の視線の先には絶大な人気を誇る生徒会長殿。

頭がいいだけではなく、外見も家柄もまた然り。

人柄は・・・・。

「まいったな。」

彼女がそうつぶやいた。

「高嶺の花ってやつか。馬鹿だな。お前は。もっと手軽な男にしておけばよいものを。」

彼女があの男を好きになるとはな。

生徒会長の黒田は1年のときにクラスが一緒だった。

なんと言うか・・・・顔の使い分けが上手いんだ。

それに気付いているのはこの学校で俺だけらしい。

あまりにわざとらしい演技をしていると思ったから、警告してやったんだ。

そんな演技じゃすぐにばれるぞ。って。

そうしたら黒田はばれたのは初めてだって笑っていた。

いつも女生徒に見せるような微笑じゃなくって、もっと艶っぽい魅惑の笑み。

大切な幼馴染をあんな男に取られてしまうのか。

納得は出来ないが、まぁ、響も年頃のお嬢さんと言うことだな。

仕方のないことか。

「だろ、私には手が届かない相手だよ。誰にも言わないで想いを終えようと思っていたのに。」

彼女が悲痛な表情を見せる。

長い間彼女と一緒にいるが、こんな顔を見るのは初めてかもしれない。

「それで?あいつのどこが好きになったんだ?」

友達に好きな奴が出来たときの常套句。

まさかこいつに使うことになるとは。

「解らない。・・・・いつの間にか、だな。」

困ったように笑う彼女は、なんだか少し痛々しく見えた。

響と別れて、家に帰ってからもなんだか胸が締め付けられるような気がした。

あいつの―――あんな顔は初めてだった。

今日の響は、いつも俺の前で笑っている幼馴染なんかじゃなくって。

愛しい男のことを話す「女」だった。

彼女が恋をする――――考えたことがなかった。

なんだか気持ちが悪い。

俺はベットに寝転び、夕飯も食べないまま寝てしまった。


夢を見た。

幼い頃の夢。

隣には響がいて、

昔よく忍び込んだ屋敷からピアノの音が聞こえてきて。

その屋敷の裏にある空き地で花の冠を作ってやると嬉しそうに笑っていた。

この後、その冠を親に捨てられたときは泣き喚いて大変だったっけ。

響にありがとうと言われたところで目がさめると、頬が一筋の涙で湿っていた。



寂しかったのかもしれない。

幼馴染がいつの間にか女のなっていて。

17年間男の気配もなかった響があんなふうに男を見ていたことが。

大切な幼馴染だから。



翌朝、学校に行くと後ろから響きの声が聞こえてきた。

「進!ちょっと手伝ってくれないか?」

振り返って見てみると、大荷物の響。

地理の授業で使うのだろうか、プリントの山に分厚い数冊の本に大きな世界地図。

その隣には黒田の姿。

「響。お前其れを一人で持っていこうとしていたのか・・・・。」

響の腕から世界地図以外を奪い取ると、小さな声で感謝の言葉が綴られた。


「黒田君、進が手伝ってくれるから。」

黒田が手伝うと言い出したのだろうか、響は少し苦しそうに笑って彼にそういった。

表の顔ではどんな生徒にも優しい黒田。

あんな荷物を持っていた女生徒がいたら迷わず声をかけるだろう。

あの満面の作り笑いで、「よかった、じゃぁ。」などと声がかかると思って黒田の方を見た。

そうしたら彼は・・・・。

彼の表情は・・・・・・・・・。



ありえない。

まさか。そんな事。

行くぞ。と響に声をかけて歩き出した。

「ありがとう、助かったよ。黒田君手伝うって言い張るんだ。」

今度はいつもの笑いで俺を見た響に聞いた。

「何で、持っていってもらわなかったんだよ。チャンスだったろ。」

そうだ。あの時忙しいからと断れば響は黒田と喋る機会があったんだ。

「冗談。言ったろ。手の届かない相手だと。もう、彼のことは忘れるよ。」

なら、何でそんな苦しい顔を見せるんだよ。

「手を、伸ばしてないだけだろ?お前の悪い癖だ。」

第5特別室のドアを開けて中へと入る。

響は俺の言葉が気に入らなかったのだろうか。

顔を赤くして、怒ったような表情を見せた。

「進なら!進なら、解るだろ?」

珍しく声を荒げながら響がいう。

教卓に世界地図を立てかけて。

「響。」

俺に、何を求めるんだよ。

「あの人は、きっと誰も好きになんかならない。

 彼は、表では全てのものに優しいけれども、本当は、全てのものを嫌っているんだ。」

ああ、此処にもいるじゃないか。

あいつの本性を知っている人間が。

「それでも、好きなんだろ。」

いっそのこと、あいつの優しさに自惚れる馬鹿な女だったら幸せだったかもしれない。

彼女は泣きそうな顔で頷いた。

「でも、嫌われるのが怖いんだ。どうしようもなく。

 自分が、こんなに臆病だなんて知らなかった。」

大切な幼馴染だ。

幸せになって欲しいんだ。

「響、お前を嫌う奴なんていないよ。

 あいつを受け入れられるなら、手を伸ばしてみればいい。

 背伸びしても届かなかったら、少し俺のところで休んで、背が伸びた頃にもう一度手を伸ばせばいい。」

大切な、大切な幼馴染なんだ。

「進・・・・・。ん。」

半泣き状態の響が頷きながら言う。

もう、俺の幼馴染には戻ってくれないんだな。

それでもやっぱり、響には、幸せになって欲しいから。

だから、手を、離そう。

この大切だった幼馴染の手を。



「進!」

響と離れた後、響は頭を冷やしてくると屋上へ。

俺は教室に戻ることにした。

2時間目が終わったところで、教室のドアに俺の名前を呼んだ人物が立っていた。

「これは、生徒会長殿。何か御用ですかな。」

まぁ。用なんて知っているが。

「ちょっと話がしたいんだ。」

そういってついて来いと歩き出した。

「黒田。屋上は響がいるからよせよ?」

そういったら黒田は勢いよくこちらに振り向き俺をにらんだ。

こいつは案外からかい甲斐のある人間なのかも知れない。

そういいながらも連れられて来たのは中庭。

此処なら屋上からは見えまい。

「進、俺、古山のことが好きなんだ。」

直球。古山は響の苗字。俺は響と呼ぶが、黒田はまだ親しくないのだろうか。古山と呼ぶ。

これは、協力してくれと言う話ではなく・・・。

「ああ、知っている。」

売られた喧嘩。普段なら当然買うものだが、響の為だ。

なるべく無関心そうに装った。

「好きなんだ、どうしようもないくらい。」

知っている。

響には、他の奴らに見せるような造った笑顔じゃなくって、

俺に見せるような皮肉った笑いじゃなくって、

誰よりも愛しい人に見せるような、特別な顔を見せていること。

「だから、何だよ。」

最近少し冷たくなってきた風が俺の頬をなぜる。

「進が、古山のことを好いているのは知っているけど。

 譲れないんだ。」

はっ、ふざけるな。

「おれ、彼女いるんですけどー。」

そう応えると黒田の目が俺を捉える。

「そんなの関係ないだろ!でも、お前の気持ちがどうだろうと、俺は・・・・。」

何が言いたいのかさっぱりわからない。

下を向いてうじうじと。

宣戦布告ならバシッと決めろよ。

本当に、あの生徒会長か疑わしく思えるほどだ。

かっこ悪りぃ。

「響。さっき言ったように屋上にいる。

 お前に嫌われたくないってべそかいてんだよ。」

其れを聞いて黒田は勢いよく顔を上げ、どうしていいのか解らずにうろたえている。

「さっさと行ってこい。響のこと、これ以上泣かしたら承知しないからな。」

そういった俺の言葉を聞くと、小さく感謝の言葉が聞こえて、

はじかれたように走り出した。

俺の大切な、大切な幼馴染のいる場所へ。




俺が響のことが好きだって?



ふざけるな。



そのとおりだよ!







はい、



馬鹿、



決定?








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     2004/10/11