「じゃぁ、月曜ちゃんと会社来いよ〜。」

酒に酔った山岸が、酒に飲まれた高杉を担ぎながら歩く。

そんな後姿に手を振って声をかけた。

「お〜、良い週末をってか、ははっ。」

山岸も振り返って応えた。



―初



今日は大きな仕事がひと段落して、

かなり羽目を外して飲んでしまった。

少し、おぼつかない足取りで妖しくきらめく繁華街を進む。

呼び込みに声をかけられながらも笑顔で断りを入れる。

29歳、というのは会社では若造扱いだが、後輩も何人かいるし、

外にでてみれば一気に『おじさん』だ。

歳を、とったな。

そう思うことが急に増えた。

電車に乗りながら空いている席を探す。

見つからないようなのでつり革に手をもっていき、

思わずため息をついてしまう。

学生のころは吐くまで飲んでも、

その後徹夜で遊ぶことすら出来たのに・・・。



一人暮らしのマンションの最寄り駅に着き、

改札に定期を差し込む。

さぁ、明日は久しぶりの休みだ。

とりあえず、明日の朝飯を買うためにコンビにでもよっていこうか。

そんなことを思いながら公園の前の道を通ったとき。

ふと、空が目に入った。

少し貧相だが、綺麗な星空。

東京の夜空はどこもこんなものだろう。

目を瞑って、思い出す。

遠い記憶。

もっとはっきりとした、くもりのない満面の星空。

彼女と見た、あの日。



中学の2年のときだった。

中学なんて、みんな餓鬼だった。

女子はいつも男子に突っかかっていたし、

男子は男子で女子の気を引くために、

わざと目立つようなことをしていた。

俺も身に覚えが無いわけではなかったが、

『女にはやさしくしたほうがモテル』ということを知っていて。

そのころは「灰原君は優しくって他の男子と違うよね〜。」などと

言われてほくそ笑んだことだ。



「灰原君、今日の図書係の仕事、

 遅くまでかかるみたいだけど大丈夫?」

そうだ、そう、話しかけられたんだ。

「ああ、大丈夫だよ。

 篠田こそ大丈夫なん?あんまり暗くなったりすると心配されるだろ。」

あの時は、精一杯かっこつけていった言葉がこれだったんだよなぁ。

何の仕事だったのかも覚えてない。

篠田は、少し特別だった。

他の同級生よりも大人びていて、

微笑んだ顔が印象的だった。

今考えると、そう見えたのは、

俺の色眼鏡の所為だったのかもしれないけれども。

放課後、教室で二人っきりで作業をした。

少し緊張してしまって、最初は無言だったけど、

そのとき入っていた部活のことや、上映されてすぐに見に行った映画のこと、

担任の教師の間抜け話や、話題を無理やり持ってきて話した。

小さな声を上げて笑ってくれると、すごく嬉しくって。

調子に乗って喋りすぎて舌をかんでしまってかっこ悪い思いをしたり。

その時は思ったよりも遅くならなくって。

「送っていくよ。」

そう言ったのはカッコをつけたいから。

少しでも側にいたいとか、そんなものではなかった。

まだ明るいからいいと言って断りながら笑った彼女の、

夕日に照らされたのがすごく綺麗で。

心臓が壊れてしまったのではないかというぐらい

ドキドキしたのを覚えている。

その日の帰りは一人で、

秋風がほほを少しだけ冷やした。



図書委員の仕事を一緒にやるにつれて

彼女もだんだん打ち解けてくれて。

こっちはこっちで、篠田が自分のことを好きなんじゃないのかと、

本気で思っていたりしたっけ。

相当篠田のこと意識してたんだなって、ちょっと恥ずかしい。



そう、あれは12月の、クリスマスの少し前だったっけ。

あの時俺は友達とくだらないことで大喧嘩して、

ひどくイラついていた。

でも篠田の前だから余裕のあるふりを必死になってしてたんだ。

「なぁ、もう真っ暗だよ。

 もう仕事ほっといて帰っていいんじゃねぇ?」

黙々と図書係の仕事をする篠田に向かって、

そう話しかけたんだ。

何だかその時は、篠田も様子が変で。

いつも静かなやつだけど、その時は特別におとなしかった。

「あと少しだから。」

仕事の手際もいつもよりかなり遅くって。

「わかった、じゃぁあと少しな。」

自分の仕事を終えて、篠だのを手伝いながらそういったんだ。



「・・・終わった。」

そう、篠田らしくない声が聴こえたのは其れから30分も経った後だった。

その時は本当に、本当に真っ暗で。

「篠田、送っていくから。

 鍵職員室に返してくるの下駄箱んところで待ってて。」

今思えばどうしようもないほどカッコをつけていた。

むしろ其の馬鹿馬鹿しさを褒めてやりたいほどだ。

「・・・いいよ、方向逆だし灰原君遅くなっちゃうよ。」

いつも、笑顔で断る篠田が、珍しかった。

今考えればそうだたったんだが、

あの時は餓鬼もいいとこ餓鬼で。

しかもイライラしていたから、そんなことには一切気が付かなかった。

「今日は本当に遅いから。

 勝手に帰ったらキレるからな。」

そんなことを言い残して走っていったっけ。

篠田が本当に一人で行ってしまう意気がして、

担任の話なんかそこそこに、下駄箱へ急いだの覚えてる。

「灰原君、速かったね。そんなに急がなくっても良かったのに。」

篠田は下駄箱で待っていた。

いつもの顔で。

「何となく、走りたい気分だったし。」

息を整えながらそう言った。



其れから二人で歩き出したんだ。

篠田の家までは、学校から15分ぐらいで、

前に送っていったこともあったから知っていた。

でも、前のときにはこんなに時間って経つのが速いのかってぐらいだったのに、

その時は違った。



会話がなくって。

俺も、篠田も黙ったままだった。

いつも控えめだけど、でもしっかり喋る篠田が、

こんなに静かだった事は初めてだったかもしれない。

でも、俺はそのことでさらに黙ってしまい、

けんかした友達のことを考えながら歩いていたんだ。

だからあんなことを言ってしまったんだろう。

「篠田ってさ、俺のこと、好きなんだろ?」


そう、あのときの篠田の顔を忘れない。

驚いたような顔をして、

諦めたように、微笑んだんだ。

「あ、ちが・・・、ごめん、そんなんじゃなくって・・・。」

俺はそんな篠田を見て、

何を言っていいのか分からなくって、慌てて美味く喋れなくなった。

「うん、好きだよ。」

「―え?」

「灰原君は、いつも優しくって、カッコよくって、

 こっちが話してくれるときには真剣に聞いてくれて・・・。

 明るくって、人気者で、でも、周りのことしっかり気遣ってくれて。

 うん。灰原君のこと、好きだよ?」

そのとき、笑った彼女は、すごく綺麗で。

『特別』な顔だった。



その後、俺は何も言えなくなって、

また、無言で歩いていったんだ。

さっきの時間の長さが嘘のように、すぐに篠田の家の近くまで来てしまった。

何か言いたいけれど、言葉が出なくて。

ふと、空を見上げたんだ。

「篠田、見て。」

「え?」

「ほら、空がすごい綺麗。

 星ってこんなにあるんだな。」

俺の声に篠田も上を向いたようだった。

「わ・・・本当。」

しばらく道路の真ん中で立ち止まって、

その空を眺めていた。



篠田は、多分、泣いていたと思う。

俺は篠田のほうを見ないようにして、彼女の手をギュッと握った。



その後篠田が寒いから帰ろうと言って、家まで送っていったんだ。

彼女の顔は見る勇気はなかったけど、手は離せなかった。



公園のブランコに腰を下ろして、タバコに火をつける。

「ん〜、酒のあとの一本はおいしいなぁ。」

いつもの先輩の台詞を真似てみた。

酔っ払いが公園で独り言を言って、

相変わらず、カッコをつけてもうまくいかない。

「あれが北極星で、あっちが白鳥座、あの変な形のがさそり座で・・・。」

あの日を境に、篠田とは会っていない。

「綺麗だなぁ、本当・・・・。」

次の日学校に言ったら担任から篠田が、

オーストリアかどこかに引越ししたと聞かされた。

ああ、そうだったのかと、何となく、納得してしまった。

あの時泣いていた理由。

篠田は妙に大人だったから、

あのときの僕らは、大人である必要なんて一欠けらもなかったはずなのに。

全てを諦めて受け入れる必要なんてなかったのに。

ほとんど吸っていないタバコの火を携帯灰皿に押し込む。

ガシャンと、ブランコから立って歩き出した。

さぁ、明日の休みは何をしようか。

洗濯をして掃除をして・・・。

いい加減に買い物にも行かなくては。

時は、流れ続けているのだから。



あのときの気持ちは、なんて呼ぶのだろうか。

愛というほど、成熟したのもではなくって、

憧れというほど、純粋なものではない。

そう、あの時僕らは星空の下で、

確かに、恋をしていた。





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リクエストを頂いた瑠奈さんのみお持ち帰り可です。
本当にすみません。
もうちょっとこう、
女の子が主人公のキャッキャしたやつを書こうと思ったんですがね。
私には無理、ですよね。
無理はしないことに決めたんです(笑)
とりあえず、『中学生の初恋物語』です。
社会人ででてきちゃいますけど、まぁ、ねぇ?
せっかくのリクエストでしたのにこんな形になってしまいすみません。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

                         橘 冬希 拝


     2006/05/13