―嫌なモンは嫌なの。―


「いいじゃん、何で嫌なの。」

私はお弁当を口に運びながら隣に座る友達をにらみつけた。

「だって、何だか負けてるみたいじゃん。

 大体、映画に誘ったのも私のほうからだったし。」

12月の始めの昼休み、私たちは屋上でお弁当を食べている。

色々相談したいし屋上で食べようと伝えたら、親友の洋子は、

渋々ながらも付いて来てくれたが、屋上へのドアを開けたとたん、

思った以上の冷たい空気に私を散々罵った。

それでも文句を言いながら一緒に屋上で凍えながら、

ご飯を食べてくれる洋子はひどく面倒見がいい子だと思う。

面倒のかかる子でごめんよ。

「はぁ、綾子。一昨日の土曜、映画に誘ったのはすごい進歩だと思うよ。

 でもクリスマス前にこんなぐずぐずしてたら

 石田君そんなにもてないわけじゃないんだから、

 誰かに持ってかれちゃうよ?」

洋子の言葉にうっと詰まってしまう。

「だって・・・じゃぁ、私から告白するの?

 そんなことしたら絶対からかわれるし・・・・。」

「だってじゃないの。石田君だって、

 真剣な告白からかったりしないと思う・・・・・よ?」

あいまいな語尾に私は洋子をギロリと睨みつける。

私が屋上まで洋子を連れだしてした相談とは、

同じクラスの石田明彦についての相談だ。

そう、恋愛の。





「綾子だって上手くいく自信はあるんでしょ?」

ない、と言えば嘘だと思う。

石田が仲のいい女の子は私だけだし、

でも私だってクラスで仲のいい男の子は石田だけだ。

彼女とか、好きなことかいるとは聞いたこと無いし。

一昨日の映画だって、誘ったらすんなりOKをくれた。

それって脈ありだよね・・・?

でもっ、でも!

向こうから言われたい!・・・・っていうのは、

女の子としてわがままなことじゃないと思うんだ。



結局ダラダラと話をして解決策など求められないまま教室に帰ってきた。

席についてお弁当箱をしまっていると、

前の席に座る石田が振り向いて話しかけてきた。

「藤谷、お前屋上で食ってきたの?

 今日すっげー寒かったろ。馬鹿じゃん。」

そういって、ははっと笑った。

「別にへーきですぅ。石田と違って若いし。

 今日は静かに食べたかったからさ。

 教室だと誰かさんが煩くって。」

話しかけられて本当は嬉しくてドキドキしているのに、

つい憎まれ口をたたいてしまう。

「若いって・・・、数ヶ月だろ。

 それに俺よりお前のほうがよっぽど煩いですぅ〜。

 煩い女はもてないぞー?」

そういってニヤニヤと笑ってくる。

「し、失礼な・・・・。」

間違っても、「私だってモテル」といえないのが悲しい。

そういえばこいつってサルみたいな癖に意外ともてるんだよね〜。

そんなことを思いながら石田を睨みつける。

「何だよ・・・・。」

石田もギロリと睨み返してきた。



「明彦!・・・っとごめん、話の邪魔?」

はっと後ろを向くと片山くんの顔がそこにあった。

「祐樹、なに?」

石田は顔つきをそのままでちらりと視線をそっちに向けた。

「なに怒ってんだよ・・・。なんか大切な話してたわけ?」

「あ、片山君、別に全然平気だよ。」

私は慌てて片山君に向いて言った。

そうしたら片山君はにっこりと私に向かって微笑んでくれた。

片山君はクラスの人気者で、お調子者の噂好きだけど、

皆に優しいし、何よりも面白い。

クラスには無くてはならない存在っていうのかな。

「で、祐樹は何を言いに来たの。」

少し怒ったように石田が言った。

「ああ、さっきの昼休み。

 明彦3組の長屋さんに呼び出されたんだってな。

 あ〜あ、長屋さんうちの学年のマドンナだぜ?

 いいなぁ、付き合うんだろ?」

片山君の言葉にぎょっとして石田を見る。

そうしたら石田はつまらなそうにため息をついた。

「え、なに?付き合わないの??」

片山君が詰め寄ると、石田はなんでもないかのように頷いた。

「だって、よく知らないし、いきなり好きって言われても。」

私は石田の言葉にほっとして、

パニック状態のままだった頭を整理させようと口をあけた。

其れが間違いだったようだ。

「何でよ、もったいない。あんたがあんな美人に告白されるなんて、

 もう無いかもしれないんだから付き合っておけばよかったのに。」

「藤谷には関係ないだろ。」

そういって石田は一瞬すごく冷たい目で私を見た。

そんなことを言うつもりはなかったのに。

自分の口にした言葉に、酷く傷ついて、それでも口は止まらなくて。

「関係ないけど・・・、友人の幸せを思ってのことじゃん。

 まぁ別にどうでもいいけどね〜。」

うそ、石田が長屋さんと付き合うなんていったら泣き喚くくせに。

「なんだ、付き合わないのかぁ。あ、もう授業だから俺席戻るわ。」

そういって片山君は言ってしまった。

石田のほうを見ると、さっきの冷たい目は消えていて、

いつもよりちょっと嬉しそうなニヤついた笑顔がそこにあった。

それをみてほっとしてまた話しかける。

「何で石田ばっかりもてるんだろ、こんなサルのどこがいいのかねぇ。」

そうだよ、本当はいっぱいいいところ知ってるけど、

他の女の子は皆其れを知らなきゃいい。

誰にももてないで、私だけに好かれてればいいのに。

「あ、藤谷悔しいんだろ。自分は告白されたこと無いから。」

石田がニヤニヤ笑って笑って言ってきた。

「なっ、私だって、その気になれば告白ぐらい・・・。」

そのとき先生が教室に入ってきて、

石田はニヤニヤ顔のまま「はいはい」っとわたしに応え、

前をむいてしまった。



悔しい、私の気持ちなんてとっくにバレバレなんだと思う。

映画に誘ったときも(私はドキドキして心臓が破裂するかと思った)

ニヤニヤと私の顔を見ながらOKを出したのだ。

私が石田のことであたふたしても、

いつもあいつは余裕顔で。

私がもっとかわいくて、男の子にも人気があったなら。

石田は私みたいに焦ってくれるだろうか。





「綾、ちょっといい?」

そう声をかけられたのは、放課後の教室でだった。

帰る気満々でコートを着て鞄を用意していた私が振り返ると、

そこには幼馴染の若瀬哲がいた。

「哲、どうしたの?」

そう聞くと、哲は私の腕をつかんで「ちょっと来て」と歩き出した。

私は鞄を引っつかんで引きずられないように必死に其れについてゆく。

「ちょっと、どこ行くのよ!」

そういっても、哲は無言で歩いてゆく。

さすがに昇降口では手を離してくれたけれども、

結局ほとんどあのままで、たどり着いたのは、

昔よく哲と一緒に歳の離れた哲のお姉ちゃんに遊んでもらった公園だった。



哲はようやく腕を放してくれて、

私はブランコへと足を進め、かしゃりと鎖を揺らす。

久しぶりに座ったブランコは冷たくって、

そこから見渡した景色は、いつかの日のものとは少し違って見えた。

「この公園、こんなに小さかったっけ・・・・。」

思わず口にする。

哲は、私の幼馴染だったけれども、両親が交通事故で死んでしまって、

お姉ちゃんと二人暮らしをするために一戸建ての家を売り、

小学校卒業前に隣町に引っ越してしまった。

高校で再会したときは驚いた。

しかも英語の先生には哲のお姉ちゃんがいて、

哲はもっと上の高校を狙えたんだけど、

お姉ちゃんの学校に行きたかったから、この高校にしたのだと、

私の知らない大人の顔でそう教えてくれた。

とても嬉しそうな、其れでいて悲しみを含んだ瞳で。

哲の優しさや腹黒さは小学生のままだけど、

その瞳を見てしまうと、まるで知らない人のように感じてしまうんだ。

「哲、どうしたの?」

そう話しかける。

隣のブランコに座った哲の顔を覗くと、

一瞬、私の嫌いなあの顔をした後、

いつものニコニコした顔に戻り、こう言った。

「綾、俺と付き合わない?」





「綾子!どういうこと??」

教室の席に座ったとたん、洋子が詰め寄ってきた。

「どうもこうも無いよ・・・。」

そう、私は本日哲と手をつないで登校しましたとも。

「綾子、若瀬君と仲良かったっけ??

 なんでいきなり手つないで学校来てんの?」

「つ、付き合うことになった?」

「・・・え?」

「哲と、お付き合いを始めることになりました・・・。」

私は半笑いで洋子を見上げた。

「何で。」

「付き合ってって言われたから。」

「え、でも、若瀬君って綾子のこと好きだったの?」

洋子は驚いた風に「あの若瀬君だよ?」と言った。

そう、哲は顔はいいし性格も外面はいいからモテルんだよな〜。

私は洋子に無言で苦笑いをした。



「一限、自習だからどこかに行って話そうか。」

私が洋子のそう言い、結局また寒空の屋上へと行くことになった。

「さむっ。」

扉を開けると、案の定冷たい風がまとわり付いてきた。

「で、どういうこと?

 あんた石田君のことが好きなんじゃなかったっっけ?」

とびらのよこに座って私も口を開く。

「付き合う、と言ったのは、本当だけど嘘。

 一週間だけの約束なんだ。」

「一週間だけ?」

「うん。哲のお姉ちゃん、若瀬先生だけどさ。

 結婚退職するじゃん。明後日。

 一週間後に旦那さんにくっついてボストンに行くんだって。

 結婚式も落ち着いた頃にそっちでやるって。」

「ああ、若瀬君と兄妹だっけ。」

「哲はさ、交通事故で両親なくしてから、

 お姉ちゃんと二人で生きてきたからさ。

 んで、私と付き合ってるのを見せて安心させたいんだって。」

そういって洋子を見た。

哲から聞いたのはこの通り。

でも、本当は違うのを私は知っている。



「若瀬君、ボストンへは付いていかないんだ。」

冷たい風が顔に当たって少し痛い。

「うん、新婚さん邪魔しちゃ悪いって。」

「まぁ、そうだよなぁ。

 でもさ、石田君どうすんのよ、あんた。」

洋子が私を覗き込んで聞いてきた。

それなんだよね、問題は。

「う〜、一応さ、断ったんだよ?

 好きな人がいるからって。

 でも、哲一週間だし、逆に好きな人に見せ付けたらさ、

 ヤキモチやいてくれるんじゃないかって・・・・。

 そうしたら向こうから好きって態度に出してくれるかもって・・・。」

「で、言いくるめられたわけね。」

「・・・・はい。」

しょんぼりと項垂れた。

「でもまぁ、石田のことが好きなままならよかった。

 いきなり若瀬君のほう好きになったとか言われたら、

 あんたのこと信じられなくなるし。」

「大丈夫だよ。哲はすごく好きだけど、恋愛じゃないし。

 哲といると、すごく愛されてるって感じるけど、

 哲のほうも私に対しての気持ちに恋愛は一切無いと思うし。

 まぁ、其れは其れで微妙だけどね。

 なんか、お兄ちゃんと妹って感じかな?」


其れから洋子はまだ哲の話を聞きたいようだったけれども、

無理やり終わらせて、いつものようなたわいのない話をして過ごした。



お姉ちゃんに心配させたくない、

と言う気持ちがあるのは本当だと思う。

でも、あの影のある眼差しは・・・・。



本当は嬉しかったなんて言ったら不謹慎かもしれないね。



寂しくて、切なくて苦しいとき。

ほかのそこらへんにいる女の子じゃなくって、

私のことを頼ってきてくれたのが。



教室に帰って、席へと戻ると、

前の席の石田が体ごとこちらを向いてきた。

「なぁ、お前また屋上行ってきたの?」

「え?何で分かるの??」

ほら、こんなにもドキドキするのは石田だけなんだ。

他の人じゃ、無理なんだよ。分かってるのかな?

「耳、真っ赤だからさ・・・。」

そういって石田が私の耳に手をかける。

うわっ。

気恥ずかしくって下を向いてしまう。

「藤谷、1組の若瀬と付き合ってるって本当?」

石田が私の耳に手をやったまま聞いてきた。

ドキン、と私の心臓が跳ね上がる。

「ーあっ、う、うん・・・・。」

そうだよね、どう言われるか怖くて、

哲のこと言ってなかったんだ。



「そっか、なぁ、あいつのこといつから好きだったんだ?

 っつーか、全然知らなかったからびびったし。」

ぱっと、手を離して石田はそういった。

「ご、ごめん。」

「別にいいけどさ。

 でも友達なんだから一言ぐらい言ってくれてもいいじゃん。」

「・・・うん。ごめん。」

どうしよう、嘘なんてつきたくないのに。

「そんな困った顔するなよ・・・。

 まぁ、よかったじゃん。あんないい男と付き合えるなんて。

 奇跡だよ、奇跡。」

こんな嘘つくんじゃなかった。

「だってほら、言ったじゃん。

 昨日さ、私だってモテないわけじゃないって。

 これでわかったっしょ。」

無理やり笑いながら石田を見ていつも通りの軽口を言う。

「まぁ、おめでとうな。」

石田は私の上手く笑えてない笑顔を見てそういって、

前に向き直ってしまった。



やめておけばよかった。

ヤキモチ妬いてくれるかだなんて、馬鹿馬鹿しいこと。

どうしよう、石田に呆れられたかもしれない。

石田の前で哲の話なんかしたこと無いのに、

これじゃぁ、いい男に告白されたから好きじゃないのに

付き合ってる最低女だと思われちゃったかもしれない。

こんな、相手を試すようなことしなければよかった。



そんな風に後悔して、

2限目の数学はまるで頭の中に入ってこなかった。

其れは3限も4限も同じで、

私は昼間でずっと石田のことを考えていた。

「綾!」

呼ばれたことに気が付き、上を向くとそこには哲の姿があった。

「哲・・・、どうしたの?」

「どうしたって・・・、昼放課だろ?

 教科書しまって、弁当開こうよ。」

ほっと机を見ると、まだ教科書やのーとが開いた状態のままだった。

ああ、そうか、授業はもう終わったんだ。

「ごめんごめん、今出すよ。

 あ、ここで食べるの?それとも学食とか行く?」

そう聞くと、哲は私の前の席に後ろ向きに座った。

あ、そこは石田の席・・・。

「ここで食べよう、わざわざ行くの面倒くさいでしょ。

 あ、ここの席来ないよね?」

「うん、石田はいつも学食だから・・・。」

そう言うと、哲は私の耳元に口を寄せこういった。

「石田君って綾の好きな人でしょ。

 さっき洋子さんから聞いちゃった。」

そういってニコニコとしている。



何だか無性に恥ずかしくなってくる。

「別に、好きとかそういうのじゃ・・・・。」

だんだんと声が小さくなるのを見て、

哲はますます満足そうに笑っていた。

「其れより、お弁当、作ってきてくれた?」

しばらく無言が続いた後、哲がそう切り出した。

「あ、うん。

 あんまり自信ないけれどね。」

そう、昨日の夜、哲とのメールでお弁当を頼まれたんだ。

料理は得意と言うわけではないけれども、

小さい頃親に教えられていたので、

ある程度ならできないこともない。

私はそっと鞄の中から取り出して、哲の前においた。

「うっわ、うまそ。」

哲はお弁当を開いてそういって食べ始めた。





「そこ、俺の席なんだけど。」

食事を終えて、他愛もない話をしていたとき、

上から声が降ってきた。

「あ、石田・・・。」

機嫌が悪いのは目の錯覚じゃないよね?

其れが私のせいじゃないかもしれないけれども、

もしかしたら、と、嬉しくなって少し笑顔で答えてしまう。

「ごめん、ほら、哲どきなよ。」

「ああ、ごめんね?石田君。」

哲はそんな私を見てニヤニヤと。

「・・・別にいいけど。」

そういって、石田は哲がどいた自分の席に座って、

こちらをふり返らなかった。

「哲・・・、教室帰らないの?」

席を立ってからも私の机の横にいる哲を見て不思議に思う。

「ねぇ、綾。今日の放課後どこでデートしようか。」

デート?

「え、あ、あの・・・。」

聞きなれない言葉に動揺する。

どうしよう、デートなんてするの??

っていうか、石田の前でこんな話するために残ったの?

ちょっとやりすぎじゃない??

「放課後までに考えててね。」

哲はそう言って、お弁当のお礼を言った後、自分の教室に帰って行った。

どうしよう、石田、怒ってるかな?

「ねぇ、石田・・・。」

石田の背中をつつく。

「何。」

前を向いたまま、冷たい反応。

ああ、自分から仕掛けたくせに。

こんなにも胸が痛い。

「なんでもない・・・。」

そういって、先生が書き始めた黒板を見た。



哲とのデートは、普通に街中を歩いて、買い物とかをしただけで、

女の子と遊ぶのと大して変わらなかった。

もし、これが石田だったら同じことをしても、

全然違うものに感じるんだなぁ、と思ってしまう。

そして次の日。

哲の機嫌は悪いようだ。



「哲・・・。」

「ん?何?」

一緒に登校してるとき、哲は笑顔で話をしてくれたけど、雰囲気で分かる。

何年幼馴染やっていると思うんだ。

原因も。

「おねぇちゃん。今日最後だよね、学校。」

「ん?ああ、そうだね。」

「寂しくなるなぁ。

 お姉ちゃんのバナナケーキ食べられなくなっちゃうのかぁ。」

そう言うと哲はははっと笑った。

「綾は食べることばっかりだなぁ、ああそうだ、

 バナナケーキの代わりに学校の近くに、

 タルトのおいしい店があるらしいんだけど

 今日の帰り一緒に行かない?」

「・・・うん。行く。」

家に帰ってお姉ちゃんと過ごさなくていいの?

なんていえるはすも無いよね。

何だか、胸が苦しいや。





「あ、お姉ちゃん。」

「綾子ちゃん。

 こら、お姉ちゃんじゃなくって若瀬先生でしょ!」

科学室への移動教室のとき、ばったりとお姉ちゃんに会った。

「だって、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ〜。

 あ、結婚おめでとうございます!」

私はそういって頭を下げた。

「有難う、哲から聞いたよ?付き合い始めたんだって?」

その言葉を聴いて、私は頷いてニコニコするしかできない。

「ねぇ、お姉ちゃん。・・・一個聞いていい?」

「ん?なあに?」

お姉ちゃんもニコニコして私を覗き込む。

「お姉ちゃん、旦那さんと結婚するの、幸せ?」

そう聞くと、ははっと言う哲と同じ笑い方をして言う。

「もちろん、だって好きな人と一緒になれるんだもん。

 幸せいっぱいよ。まぁ、まだ旦那じゃないけどね。」

其れを聞いて、私はもう一度結婚のお祝いを言って別れた。

ああ、どうしよう。


胸がはちきれそうだよ。






「哲、今日で最後だね。」

約束の一週間の日の朝、手をつないで登校しながら私はそういった。

「あ、そうだったな。

 今日で約束の一週間かぁ。はやいなぁ。」

そういって哲はニコニコと笑っている。

違うよ、哲。

そうじゃなくって。

「そうだね・・・。」

「でもさ、今日一日はまだ恋人同士だから。

 仲良くしてね?」

そういって哲は私の顔を覗き込んだ。

私は苦しくなって、哲の手をきゅっと強く握り締めた。

哲、違うよ。

最後なのは私たちじゃないよ。

ねぇ、15時に飛行機で行っちゃうんでしょ?

何でここにいるの?

見送りに行かなくていいの?

ちゃんとその想い、言わなくていいの?

ねぇ、行かせちゃって・・・・いいの?



そんな事、哲に言えるはずも無くって・・・。

ああ、なんて切ないんだろう。

ねぇ、哲。





「藤谷、なんか変な顔してるぞ?」

席に座ると、石田が振り返って話しかけてきた。

「なっ、失礼な!!

 どうせ変な顔ですよ!」

私はかっとなって石田を睨みつける。

かっとなってなんて嘘。本当は、そんなことを言われても、

ドキドキして、話しかけられたことがすごく嬉しく感じてる。

「違うって、そうじゃなくってさ。

 なんか嫌な顔してる。なんか、調子悪い?

 あ、腹痛いとか??」

石田が心配そうに私の顔を見る。

「何でお腹なの。」

石田が心配してくれてる。

そんなちょっとしたことで、宙に浮いてしまったように嬉しい。

「別に、大丈夫ならいいんだけど・・・。」

「大丈夫だよ、有難うね。」

ちょっと微笑んでそう言う。

「・・・お前が素直だとちょっと気持ちが悪いんですけどー?」

私はその言葉に噛み付いて、HRが始まるまで笑って話した。

ああ、私はやっぱり石田じゃなくちゃ駄目なんだなぁ。

こんなにも好きで、こんなにも胸が温かくなる。

ねぇ、石田は、私がこんなにもあんたのことが好きって知ってる?



「綾。お弁当、今日は天気がいいし風無いからさ。

 屋上行って食べようよ。」

お昼休みになったら、哲がいつものように教室に迎えに来てそう言った。

「あ、うん・・・。そうだね。屋上行こっか。」

そういえば最近屋上にお世話になってばかりだ。

晴れてはいても、さすがに寒いと思ってカーディガンと、

鞄から出した二人分のお弁当と一緒に持って、

哲が待つ教室の扉へと向かう。

「今日お弁当豪華にしたんだ〜。

 哲の好きなレンコンでお肉はさんだやつも入ってるよ。」

「へー、其れは楽しみ。」

そう言ってニコニコ笑いながらお弁当を持ってくれた。



「うわっ、寒いなぁ。」

屋上の扉を開けて、冷たい空気に触れ、思わず口に出てしまう。

「わっ、でも見て、空が高い。」

哲が指をさしたのを見ると、一面に広がる蒼い空に、

ところどころ綺麗な雲がうっすらと流れている。

「わぁ、綺麗・・・・。」

冬は陽射しが優しいから好き。

「自分で言っておいてなんだけど、お腹減っちゃったから

 お弁当食べよう?」

哲の言葉に笑ってしまって、

扉の側面の壁にあるベンチに座ってお弁当を広げる。

この学校は、屋上にいくつかベンチがあって、他のベンチを見ると、

何人かの人たちが同じ用に昼食を取っていた。

ご飯を食べて、いつものように笑いあって。

それでも、何だか胸のもやもやしたものは取れなくって。

ねぇ、今から行ったら、間に合うんじゃない?

「綾。次の時間何?」

「え??えっと・・・数学かな?」

「綾、数学嫌いだろ?」

確かに苦手だけど・・・・。

「別に嫌いって訳じゃないよ〜。」

「うん、じゃぁ、俺が教えてあげるから、

 次の時間サボろうね。」

にこりと、笑ってそういった。



本当にこの人は自分勝手なんだ。

私の気持ちなんて分かってるくせに解らない振りして・・・・。

「なぁ、機嫌直せよ。」

「べつに〜、機嫌悪くしてなんか無いし。」

そういって私は膨れっ面で哲を見た。

「授業一回休むくらいいいじゃん。」

数学の時間は苦手だからこそ、一回休むとわかんなくなっちゃうし。

誰もいなくなった屋上で、ダラダラと話をする。

「あっ!!」

ビュウッと風邪が吹いて、お弁当の包みが飛ばされてしまう。

「取ってくるね。」

私はベンチから立ち上がり、包みを取りにお弁当箱を持ったまま追いかける。

少ししか飛ばされなかったから、すぐにつかんでその場でお弁当箱を包んだ。



「綾。」

哲が、ふっといつもと違う声で私を呼ぶ。

ああ、胸が苦しいよ。

「綾、こっちにおいで。」

私は返事もせず、お弁当箱をもってベンチに近づく。

「綾・・・・。」

私はお弁当を哲の足元に置き、座ったままの哲の頭を抱きしめた。

「綾・・・・。」

哲も私の腰に手をまわす。

「ふふっ、綾ちょっと太ったんじゃない?

 前はもうちょっとお腹細かった気がするなぁ。」

哲がいつもの口調に戻って茶化す。

「そんなこと無いよ・・・。」

そういって、哲の頭をきゅっと強く抱きしめる。

それに応えて哲も私を強く抱きしめた。

「綾。

 俺のために泣いてるの?

 有難う・・・でも綾、泣かないでよ。

 ねぇ、綾・・・・。」



哲、苦しいよ・・・。

「哲・・・。」

「綾、好きだよ・・・。

 好き、好きなんだ。綾・・・。」

上を見上げると、にじんだ向こうに青い空が見える。

「本当に、好き、なんだよ・・・・。」

哲の声がかすれて聴こえる。

ねぇ、哲。

もう、間に合わないよ。

ちゃんと本人に、言わなくちゃいけないことなのに。

ねぇ。



私、悔しいよ。

どうして、皆が幸せになれないのかな。

どうして、こんなにも悲しい思いしなくちゃいけないのかな。

ねぇ。

哲をだきしめて、哲とおねえちゃんのことで頭がいっぱいなはずなのに、

少しだけ石田を想って泣いた。


「二人とも泣いちゃったね。」

落ち着いて、ベンチに座りなおしてお互いの顔を見て笑いあう。

「あ〜あ、結局綾には勝てないなぁ。」

「どうして?」

哲がてれたように笑う。


「泣くつもりなんてなかったんだよ・・・。

 ああ、本当に参るな・・・。」

私も、恥ずかしくなって笑う。

「6限目、始まっちゃったよ。」

遠くにかすかに鐘の音が聴こえた気がする。

腕にはめた時計の針はもうとっくにその時間を告げていた。

「ねぇ、綾。」

哲が私の肩に頭をおき、手を絡ませて話し出す。

「今日、行こうか行かないか迷ったんだ。

 あの人の見送り。

 でも、あの人の幸せそうな顔見てて、

 ああ、行けないなって思った。

 いえないなって思った。

 幸せに、なってほしいんだ。

 でも、そんなよい子ちゃんなことできる人間じゃないのは

 自分が一番知っているし。」

「うん・・・。」



「それでも気持ちが抑えきれなくってさ。

 一緒に暮らそうって言われたときには、頭にきて、

 どうにかなっちゃいそうなのに笑顔必死に作って断って。

 大切の人の幸せ願えないなんて、

 どんな最低な奴だって感じだよな・・・。」

「うん・・・・。」

「でも綾がいてくれたから。

 綾とこの時間を過ごせたから・・・・。

 有難う。

 有難う、綾。」

絡まった指がするっと解けた。

「哲・・・。

 私ね、私・・・・。」

「駄目。

 今日までの約束のはずだよ。約束は約束。

 綾は石田君が好きなんだろ?」

「でもっ・・・。」

寂しいよ。

一人になんか、ならないで。



「でも、じゃないよ。

 じゃぁ、俺は綾にずっと甘えてればいいの?

 そうじゃないでしょ、自分の力で歩いていかなくちゃ。」

ねっ?っと哲は私の顔を覗き込んでニコニコと笑う。

そんなところでかっこつけないでよ。

甘えたっていいんだよ?

「綾。綾と石田君。幸せになれる恋なんだよ?

 そんなことって、とても素敵なことだよね。

 だから、幸せになって?

 これは心から言うよ?

 綾は、幸せになって・・・。

 俺に見せ付けてよ。二人でラブラブなところを。

 ね?

 そうしたら俺、綾には負けないぞって、頑張れるから。

 ね?」

泣きそうな私を、にっこり笑ってあやす。

「よし、じゃぁお付き合いはこれでおしまい!

 俺ちょっとここで過ごしてから帰るから、

 一人で教室に帰れるね?」

丁度鐘の音が聞こえて、私は赤くなった目をこすって頷いた。





ばたん、と大きな屋上の扉がしまった。

「あ〜あ、本当はもう少し甘えていたかったけど。

 しょうがないよなぁ、

 石田君に綾を早めに離してやってくれって頼まれちゃぁ。」

空はもう赤く染まりかけて、冷たい風が哲のぬれた頬を掠めた。





馬鹿みたいだ。

自分が恥ずかしくなる。

私だってきっと石田が違う人と幸せになったとしたら、

そんなの祝福できないよ・・・。

向こうから好きだって言って欲しいとか、

負けたみたいで想いを伝えるのは嫌だとか。

本当に馬鹿馬鹿しい。

想いを、伝えられるって本当にすごいことなんだ。

少しでも好かれてるって、そんな素敵なことなんてないのに。

何をぐずぐずとしていたのかな。



想いを、伝えたい。



がらっ。

「・・・石田。

 どうしたの?部活は?」

扉を開けると、HRの終わった教室に、石田だけが立っていた。

「藤谷・・・。目、赤い。

 泣いたのか?」

そういってじっと私の目を見る。

「あ・・・。」

私は恥ずかしくって目を押さえた。

「HR終わってもこないから心配した。」

「あ、ごめん・・・。」

「別に、誤って欲しかったわけじゃないし・・・。」

そういって目をそらす。

少し、機嫌が悪いのかな?

でも、私のことを待っててくれたんだよね?

「あのね、石田・・・。」

私、分かったんだ。

自分が思っているよりずっと石田への気持ちが大きいこと。

ねぇ、言ってもいいよね?

「好き、好きなの。石田が・・・・。」

思わず泣きそうになる。

ねぇ、何とか言ってよ。

「石田・・・・。」



少しの沈黙の後、石田が口を開いた。

「ごめん。

 俺、ちょっと余裕かましててさ。

 藤谷が若瀬と付き合い始めたって聞いたとき、

 本当にびびった。

 愛想つかされたのかと思ってさ。」

「あ、哲とは、本当は・・・!」

私が必死になって弁解しようとしたのを石田はさえぎる。

「ああ。知ってる。

 若瀬と一緒にいるお前、恋してますって感じじゃなかったし。

 なんか恋人どういっていうより、

 兄妹っていうほうがあってる感だったろ。」

そんな風に見られてたんだ、なのに嫉妬してくれないかなって私は・・・。

本当に馬鹿じゃない。



「藤谷の仲のいい、ほらっ、あの子にさ。」

「洋子のこと?」

「そう、その子にどうなってるのかって聞いたら、

 あっさり色々教えてくれてさ。」

洋子・・・・。

そんなあっさり言わなくてもいいじゃん・・・。

「でも念のため若瀬に釘刺しにいったりとかしちゃってさ。」

石田の顔が赤く染まっていく。

夕日の光でそう見えるだけなのかな?

「しかも若瀬と付き合いだしてから、

 他の男が実はお前の子と狙ってたとか、

 言い出す奴がけっこういて・・・。」

「え??嘘っ。誰、誰??」

私が思わず詰め寄って聞くと、

石田は誰でもいいだろ、と少し拗ねたように言った。

「なんか色々考えてたら、俺、全然余裕ないじゃんって・・・。」

そう、恥ずかしそうにこっちを見つめる。



どうしよう、急に恥ずかしくなってきた。

何であんな大胆に言えたんだろう。

ヤバイ。

恥ずかしい。

「藤谷・・・・。綾子って呼んでいい・・・?」

私がパニックになってきているのを悟ったのだろうか、

石田が余裕なニヤニヤ顔でこちらを見つめる。

「え、あ・・・・。」

「綾子・・・。

 なぁ、綾子。」

どうしよう、きっと顔は真っ赤だ。

「もう一回言ってよ。

 俺が好きだって。なぁ。」

「い、石田は、私の気持ち知って・・・?」

「当然じゃん。

 だって俺といるときのお前恋する乙女全開だったぜ?

 拗ねてるとことか、ちょー可愛かった。」

「か、かわい・・・え??」

「なぁ、言えよ。」

そういって石田は私の肩をつかんだ。



どうしよう、心臓がはち切れそう。

「なぁ。」

石田は私の額に唇を寄せる。

「や・・・、はずかっ・・・・。」

私が照れて嫌がるのもお構い無しに抱きしめてきた。

ああ、何が何だか分からないよ・・・。

「言えよ。俺のこと好きだって。」

石田の言葉にはっと自分を取り戻して反論をする。

「嫌だよ!石田だって言ってくれてないじゃん・・・。」

最後のほうは、声が小さくなったけど、精一杯の反抗だ。

「言うよ、綾子の言葉聞いてからな。」

お抱きしめていた腕を緩めて私と向き合う。

そうしよう、眼が見れないよ。

「ほら、こっち向けよ。」

無理やり石田のほうを向かされる。

「なぁ。」

「い、嫌だよ!恥ずかしい!」

「何で、今更じゃねぇ?」

私は必死に抵抗する。



「嫌だって!ほんと勘弁して!

 いきなりこんなには無理!」

「いいじゃん。」

「駄目!無理!」

私の必死な抵抗をあざ笑うかのように、石田は私の額にキスをいくつも落とす。

「なぁ、言ってよ。」

恥ずかしくって死にそうだ。

「綾子・・・。」

これ以上、抵抗できそうにないかも・・・。

私は最後の抵抗に口を開いた。



嫌なモンは嫌なの!






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     2006/12/10

緋桐空木さんからのリクエストをいただきました。
このような長いだけの小説になってしまい本当に申し訳ないです。
友情以上恋愛未満的な男女二人の攻防戦みたいな感じ、というリクエストでしたが、
全然そのような要望にお答えできていないのが現実でして。
あれだけ大口叩いてリクエストをいただいたのに申し訳ないです。
緋桐空木さんのみ、お持ち帰り可でお願いします。