「先輩、こっちです!」

そう言って俺は加藤先輩に手を振った。

今日は毎年恒例の新入社員歓迎を含めた会社の花見のために、

入社二年目になった俺は桜の名所の公園で場所取りをしていた。



―いまだ、。―



「高屋。悪かったな、昼からずっとだったんだろう?」

先輩は俺が引いておいた青いビニールシートに腰を下ろし、

コンビニの袋を差し出した。

「あ、有難うございます。

 それにしても、今年って桜遅いですね。

 去年、花見やったときはもう終わりがけだったのに。」

そういってまだ蕾の固い桜を見上げる。

まだ空は明るく、時計を見たら5時をさしていた。

そんな定時前の時間に先輩が場所取りの俺を訪ねてくるのは、

先週から必死になって周りの人間に手回しをしたからだ。



「蕾だろうが関係ないんだろ。

 酒が飲めて騒ぐことが出来れば。」

そう言って先輩は綺麗に笑った。

「ここも咲けば綺麗なんでしょうけどね。

 花見じゃなくってただの宴会になっちゃいましたね。」

ただの宴会でも場所取りをしている人間は多くって、

本当に桜なんてどうでもいいんだなぁ、とボーっと考えてみる。

「綺麗じゃないか、蕾のままでも。

 私は好きだな。」

先輩はそう言ってふっと笑った。

よかった。

これで背景に桜が舞っていたら、おかしくなっていたかもしれない。

「綺麗、ですか。」

そういって俺も必死になって笑顔を作った。

「寒くなかったか?

 春なのにまだ冬みたいな天気だから・・・・。」

先輩が俺の心配をしてくれている。

何だかちょっと感動しながら首を横に振る。

「いいえ、大丈夫ですよ。

 頑丈なつくりなんで。」

笑って見せると先輩も笑ってくれた。



「先輩は、一度会社戻ってから来ますか?」

一応このまま俺と場所取りの続きをしてくれるよう手回しはしてある。

しかし、妙なところで真面目な先輩のことだ。

俺に差し入れしてすぐに会社に戻ってしまうかもしれない。

帰らないと言ってくれ、と願いながら、帰るつもりがあるのなら

帰りやすい空気を作ってあげないとな、と考えてしまう自分が、

もう、本当にどうしようもなく彼女のことが好きなんだなぁって、

情けなく思えてくる。

「帰らない。

 今日はここで会社のやつらが来るまで一緒に場所取りをするよ。

 可愛い女の子じゃなくって、口うるさい先輩だけど許してくれな。」

そういって先輩はいたずらをした子供のように笑った。



嬉しい。

必死になって自分で手回ししたことなのに。

嬉しい。

自分で仕組んだことが上手くいっただけなのに。

先輩の笑った顔を見ただけで、先輩と一緒にいられるだけで、

こんなに嬉しいなんて。

本当に、馬鹿みたいだ。

少しぼうっとしていた俺を不思議に思ったのだろうか、

先輩が俺の顔をのぞいてきたが、何だか申し訳ないような気がして、

恥ずかしくって、目を見ることはできなかった。



「あ、先輩。差し入れ食ってもいいですか?」

笑ってごまかしながらコンビニの袋をあさった。

中にはすでに少しさめてしまったペットボトルのホットコーヒーと、

調理パンが三つ。

「悪い、こういう時って何買ってこればいいのか分からなくって。

 酒とかそういうのは後で飲むし。」

先輩は口元に手をやり、目をそらしてそう言った。

どうしようもなく可愛いと思ってしまうのは、

やはり恋の病というものにかかっているのだろうか。

とか、くっさいことを考えてしまう。

彼女を閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない。

そんなことが頭をよぎる。

恋は盲目というが、これではただの変態だと思い、

首を思いっきり振った。



「高屋、どうかしたのか?」

相当怪しかったのだろうか、彼女が近づいて上目遣いで聞いてくる。

うわ、今其れをやられると正直つらい。

「いや、何でもないです。」

俺はそういって笑い、調理パンの袋を開けてかぶりつきながら目をそらした。

そう、と一言返事をして、先輩は遠くを見ながら手をこすり合わせた。

日は沈み、気温はかなり下がってきている。

「先輩、寒いんですか?」

確か先輩は冷え性。

「ああ、少しな、でもこのくらい大丈夫だよ。」

コートのポケットを探ってみたが、あいにく手袋は見つからなかった。

ここで何もしなかったら格好悪すぎるなと思い、

コートを脱いで彼女に頭から被せる。

「っ高屋!これじゃあ、お前が風邪を引くだろ!」

彼女は俺を睨んでそう言った。

何だかんだいって俺の体の心配をしてくれる。

「先ほども言いましたけど、俺結構丈夫ですし。」

嬉しくなって笑いながらそう言う。

「でも・・・・。」

彼女は困ったように俺を見た。

しょうがないな、この人は。

こういう厚意は素直に受けておけばよいのに。

風邪を引いたらマンションまで見舞いに来てくれるだろうか。

そんなことを考える自分が結構好きになってきた。



「じゃあ、俺が寒くなってきたら先輩が暖め「高屋く〜ん!」

遠慮がちな先輩の態度に、俺がちょっと思わせげな事を言って笑わせて、

罪悪感を消してやって、上手くいけば多少俺の気持ちも伝わるかと思ったら・・・。

「奈津子だ。」

先輩は立ち上がり声のしたほうに手を振っている。

何でこんなにタイミングよく来るのだろうか。

「川田先輩・・・・。」

見事に邪魔をしてくれた川田先輩は俺に近づき、

耳元に唇を寄せてそっと呟く。

「どうだった?少しは根性見せられたの?」

そう言ってにっこりと笑う。

女らしい極上の作り笑顔。

「おかげ様で、いい感じに言葉を綴ろうとしたところで、

 とんだ邪魔が入ってしまいましてね。」

俺は彼女に向かい、これまた極上の作り笑顔を。

川田先輩は笑いながら目をそらし、

其れは残念だったわね、と引きつった声で言った。



「高屋、奈津子。どうしたんだ?」

先輩が不思議そうに聞いてきた。

俺は川田先輩が口を開く前にすばやく。

なおかつ爽やかに加藤先輩を見つめてこう言い放つ。

「俺の髪に花びらが付いていてとっくれたんですよ。」

ねっ、と川田先輩を見てにっこり笑うと、

川田先輩も慌てて笑って頷いた。

そうこうしている内に他の先輩や新入社員も集まってきてしまった。

みんな酒やら何やらを手に持っている。

来た端から乾杯もせずに缶ビールを開けて飲み始めている。

加藤先輩も缶ビールを受け取り、ビニールシートに腰を下ろした。

もちろん俺は先輩の横をキープするが、

まぁ、今日は他愛もない話をして終わりだろう。



せめて桜ぐらい咲いていてくれれば気が晴れたかもしれないのに。

そう思いながら上を見上げてため息をつく。

あぁ、俺ってかわいそう。

そう思いながらチラッと先輩を盗み見る。

っえ??

そこには俺のコートの襟をつかみ其れを頬に寄せて、

嬉しそうに口元を緩めている先輩。

俺は恥ずかしくなって首を先輩とは逆の方向に思いっきり動かした。

きっと耳まで赤いだろう。

どうしよう。

自惚れの確立は80%ほど。

寒いから襟を立ててみただけかもしれないし。

宴会だったら笑わないやつはいない。

どうすればいい?

下手をすればただの勘違い野朗だ。



とりあえず、

俺の見間違いでないことをようやく出てきた星にでも祈ろう。



この恋、いつになったら咲いてくれるのだろうか。

桜はいまだ、蕾。





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     2005/04/10