俺は今、世界で一番可愛そうな男子高校生だといっても過言ではないと思う。

文化祭前の忙しい生徒会の仕事に追われ、そのクッソ忙しい中で、

生徒会長とその彼女におもちゃにされて・・・・。

ようやくあいつ等をまいて(仕事はちゃんと終えた)休憩しようと思って屋上に着たんだ。

授業中だということは、この際置いておいてもらおう。

いつもサボるときや、疲れているときにここに来ると壮大に広がる空が俺を癒してくれた。

いつものように俺は鍵の壊れたドアを開け、

いつものように其処にある碧い空を仰ぎ見た。

ただ、いつもと違うのは金網の向こうに立っている見知らぬ自殺願望者。



―日常の中の赤い々―



「・・・お嬢さん、飛び降りるのなら俺のサボりが終わった後にしてくれませんかね?」

俺は話しかけるべきかどうか迷った挙句、そんなことを口にした。

驚いて彼女はこちらに振り向いた。

おぉ、結構な上玉だ。可愛いというよりは綺麗、もしくは清らか、というところだろうか。

もったいない。

「えーと、こんにちは。・・・生徒会の方?」

そういって彼女はにこりと笑いながら返事をした。

笑う、自殺願望者。

「あ、知ってるの?俺のこと。」

俺も彼女に笑いかける。

微妙な空気。

「あはははは、有名だからね、うちの生徒会は。顔で選ばれてるって。」

そんな噂が流れているのか。

確かに美形ぞろいの生徒会かも知れない。

性格は顔に比例しないということは生徒会に入っての二年間で嫌というほど教えられたが。



「そう、取りあえず一応止めておかないと対面的に不味いからな。

 やめませんか、お嬢さん。」

そう言うと彼女は嬉しそうに笑い出した。

「生徒会役員さん、棒読みでそんなこと言われても困るよ。」

感情こめていったって関係ないだろこんなことは。

それに彼女は、初めて会った人間に何かを言われて意見を変えるようには見えない。

会ってまだ一,二分しか経っていないが、なんとなくそう思う。

「君は、本当に自殺願望者?」

だって、あんまりにも嬉しそうに笑うから。

「ええーと、どうだろう。ちょっと違う、のかな・・・?」

何が違うんだろうか。

違うなら違う、そうならそうとはっきりして欲しい。

「其処に立っているだけで、飛び降りはしないっていうこと?」

確かに金網の向こうから下を見下ろしたら、それはもう絶景だろう。

少なくとも俺にとっては。

「ううん。飛び降りることには変わりはないよ。」

そう言って、彼女は清々しそうに笑う。

これから飛び降りようとしている人間が、こんな風に笑うものなのだろうか。



「止めておいたら?何か嫌なことがあったのかもしれないけれど、

 死んでしまったらすべてを失ってしまうんだ。

 世界中の美しいものも、この、屋上から見渡す碧い空も。

 そんなにも悲しいことはないと思うけど。」

俺は扉にもたれかかって座りながら、どうでも良さそうに言葉にする。

「ふふっ。生徒会役員さんにとって、其れが一番守りたいものなの?」

彼女は嬉しそうに言った。

俺に背を向けて。

「んー。そう、かな?」

自分でもよくわからん。

そんなことは。

「私は、失おうなんて思ってもいないよ。私は他の人より欲張りなの。

 手に入れるの。すべてを、手に入れたいの。

 思ったことない?こうやって、風を感じていると。

 空に溶けてしまいそうだって。そんな素敵なことってないと思うんだ。

 全部溶けて、空になって風になって、大地になって、生命、そのものになる。

 私はこの地球のすべてになるの。」

彼女はこちらを振り向いて嬉しそうに、でも、少しだけ寂しそうに笑った。



「じゃぁ、俺のことも空から見下ろすの?」

そう聞くと彼女は振り向いていた顔を元に戻し、

空を見渡しながら「そうだよ。」と、小さく言った。

「そっか、俺は今まで通り、

 ミミズのように地を這いながら、空を見上げることにするよ。」

碧い空を見上げながらそう言った。

さっきまであった雲は、消えてなくなり、碧いだけの空。

「うん。そうだ生徒会役員さん、空を見上げたとき、

 こんな風に雲ひとつない空だったらさ、私のこと思い出してくれるかなぁ。」

彼女は雲がなくなるのを待っていたのだろうか。

「気が向いたら、思い出すよ。」

そう、と小さな声が聞こえた。

声は震えてはいないけれども、彼女はきっと涙を流しているのだろう。

その涙に、どんな意味があるのかは俺にはわからないが。





「じゃぁ、行くね。」

そう言って彼女は金網から手を離す。

その瞬間、風が吹き、彼女はまるで翼がはえたかのように、コンクリートから足を解放した。

俺は扉にもたれて座ったまま。

すぐに下の階から叫び声やどよめきが聞こえてきた。

当たり前だろう。

授業中に窓の外を見たら人間が降ってきたんだ。

ああ、此処にもすぐに人が来るだろう。

何て言おう。

俺はあまり嘘が得意じゃない。

止めたんですけど、理由も教えてくれなくて。というのが無難なところか?

とりあえず。

他の人間が来る前に、この目から流れる塩水を止めなければ・・・・。



「ああ、そう言えば名前。聞くの忘れた。」






其れは日常の中で出会った、赤い蝶々。





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     2004/12/10