「伊藤!好きだ。付き合ってくれ!」

なにを言い出すかと思ったら、現金な奴め。

「謹んでお断りいたします。」

私は彼、杉浦達樹の言葉に、手元にあるビニール袋をあさりながら言う。

ビニールの中からガリガリ君を取り出すと、そのまま彼のほうへ渡そうと手を伸ばした。

「・・・杉浦?」

私はいつまでたっても受け取らない彼のほうを見て不思議に思った。

「どうかしたか?」

心配そうに声をかけても彼は下を向いたまま一言も喋らない。

私が近寄って触れようとすると、突然。

彼は後ろを向いて教室の外へと走り出していった。

何なんだ。

あれは。



―美術室の日―



今日は学校の文化展覧会の一週間前で、書道部や写真部などの

展示できるタイプの文化部は出展の作品製作に精を出している。

杉浦の所属する美術部も、もちろん其の中に入っているのだ。

しかし美術部の部員は全員三年生で、

部活に参加しているのは大学への進学が決定している杉浦だけだ。

杉浦とは仲がよくって、美術室は私のお気に入りの場所だ。

私は生徒会の仕事を抜けて、近くのコンビニで差し入れを買って悪友のいる美術室にきていた。

杉浦の好きなガリガリ君の梨味を持ってだ。

其れなのに彼は先ほど出て行ったっきり、もう五分も経とうとしている。

溶けてしまう。折角買ってきたのに。

私は諦めてガリガリ君の袋を破り、中からアイスを取り出して口へ運んだ。

冷たい。

大体一月にアイスを買ってくるほうが間違っているんだろうか。

「寒い・・・・。」

美術室に一人ぼっち。

いや、杉田の作品の二メートルぐらいある女の姿をした彫刻と二人ぼっち。

ストーブが赤く燃える中、私は彫刻を見つめる。

今回の作品は塾でモデルをやっているお姉さんと、近しい友人を組み合わせたらしい。

裸体なのに厭らしく見えないのが不思議でしょうがない。

近しい友人とは誰なのかと聞いたときに、こっそり生徒会長の黒田君だと教えてくれたときには大笑いをした。

学校のイベントでの展示に相応しいかは分からないが私は嫌いじゃない。

保護者たちが見て回るのに相応しいかどうかは分からないが。



窓の方を見ると焼けが広がっていた。

夕焼けと言うものは普通は夏が美しいものだが、冬の夕焼けも淡い色合いで悪くない。

私は窓へ近づいていってガラリと開けた。

「わ・・・冷たい。」

開けたとたん冷たい風が頬を撫ぜる。

夕日は綺麗だが、時々人を悲しくさせる。

息を吐くと白くにごり夕日の赤に消えていった。

そう言えば、杉浦は美術大学に行くんだったな。

目を伏せて窓を閉める。

夕日の光を避けて彫刻に目をやっても、

なんだか胸にぽっかりあいてしまった穴は消えてくれそうもない。



それにしても杉浦、何処にいったんだろうか。

彼はいつも不可解な動きをする。

芸術家特有のものなのだろうか。

いつもは置いていかれたりはしなかったのに。

いや、今日の彼は何だかおかしくなかったか?

私が美術室に入ってきた時から何だかそわそわしていたし、

教室を出て行く前も何だか顔が赤かった。

朝会ったときは何ともなかったよな。

授業が終わって、私は生徒会室に行って会長にこき使われて仕事して。

一段落したところで抜け出してコンビニによって此処にきた。

それで差し入れを渡そうとしたところで走り出した。

その間で変だったことは・・・・・。

「あの、告白は本気だったのか・・・?」

だって、だって・・・。

差し入れとかされたりするとさ。

誰にだって言うだろ?

好きだとか、そう言うこと。

黒田君だって(彼の場合彼女が出来て猫かぶりを止めてからだけど)

愛してるって抱きついてきたりしたこともある。

あの黒田君が、だぞ?

だって、私たちは友達で・・・・・。

わかる筈ないだろう、行き成りあんなこと言われて。


私は悪くない。


美術室の扉を開けて冷たい廊下へと飛び出す。


悪いのは分かり難い杉浦の方だ。



途中で教師に呼び止められた気もしたがそんなもの無視だ無視!

何で私がこんな寒い中廊下を全力疾走しなければならないんだ。

教室について勢いよくガラリと扉を開ける。

「杉浦、いる?」

ゼーゼーという息を整えながら教室を見回す。

其処に残っていたのは、生徒会長の黒田君と其の彼女。

「さっき、鞄取りに来て帰ったよ。」

黒田君がにっこり笑って言った。

私はまだ息が上がっていて話せない。

「副会長さん、大丈夫?」

そう聞いてくる彼女に無理やり口の端を上げて大丈夫だと答える。

「伊藤さ、ひょっとして杉浦に告られた?」

何で黒田君が知っているんですか。

そんな視線を向けると黒田君は私のほうを向いてバツが悪そうにこう言った。

「杉浦さ、結構落ち込んでた。ま、けしかけたのは俺だけど。」

そんなことを言って偽造スマイルを見せる。

よけいなことを・・・・・。

「黒田君、杉浦の住所わかるか?」



「杉浦さ、少し前に両親が外国に転勤して一人暮らしなんだ。」

そう言いながら住所を紙に書いていた手がとまって私のほうをじっと見た。

「ん?どうかしたのか?」

私の問いかけに彼は止めていた手を動かし、

書き終わった紙を渡しながら答えた。

「伊藤はさ、杉浦のこと好きなわけ?」

私?

私は、杉浦のこと・・・。

「嫌いじゃ・・・ない。」

そう言うと彼はにやっと笑い、上出来だといった。

「じゃぁ、いくな。ありがとう!」

鞄を取って、二人に礼を言って教室から飛び出した。

彼の家まで走ってゆくなんて事は出来ないから、

せめて駅までは走っていこうか。

他のことが何も考えられなくなる程度には。



「嫌いじゃない、なのに上出来なの?」

「ああ、其のことか。

 伊藤の嫌いじゃないって言うのはさ、大好きっていう意味なんだよね。

 上手くいくといいんだけど。」

「と言うか黒田君がけしかけたんだから上手くいかなきゃ責任重大だよ・・・・。」



電車に乗り込むと、すぐにドアがしまり、動き出した。

ガラスの外を見るともう夕日は沈んでいて、薄暗い空が見えた。

ガタンガタンと揺れて周りの景色を置いてゆく。

車内放送が小さな声で聞こえる。

早く、

逢いたい。



電車が杉浦の家の近くの駅に止まると、私は再び走り出した。

思いっきり階段を駆け下がる。

何だか走ってばかりだ。

夜の街灯や店のネオンが柔らかく光っている。

学生服でこんな風に全力疾走している姿はどんなに滑稽だろうか。

黒田君に教えてもらったマンションへと向かう。

風が冷たくて耳が痛いが、そんなことを気にしている暇はない。

杉浦の部屋の扉の前に着いたときにはもう空は真っ黒だった。

息を荒らしたままチャイムを押す。



ガチャリと開いた扉の向こうに杉浦の驚いた顔が見えた。

「っ伊藤!?」

息が切れていて声がでない。

というか苦しすぎる。

こんなに走ったのは久しぶりだ。

「だ、大丈夫か?」

杉浦が心配そうに覗き込んできた。

「っだい、じょう・・・・だから。」

嘘、大丈夫じゃない。

そもそもインドア派代表のような私が、

体育の授業でもないのにこんなに走るなんて自殺行為だ。

「あ〜、伊藤、何しに来たんだ?」

杉浦が思い出したかのように苦い顔になる。

「ちょ、ちょっと待って・・・。」

本気で、しんどいんです。

しばらく、私の息が整うのを待ってもらって、杉浦はもう一度聞きなおした。

「で、何でここに来たの?」

声は優しいけれど、少し怒っているのがわかる。

「・・・・なんとなく。」

ばつが悪い。

そう言って下を向いた。

杉浦はたぶん私を睨んでいる。

冷たい風が当たって暑くなった体を冷やしてゆく。

耳が痛いけれど、頭はすごくさえている。

今、数学のテストをやったら高得点間違い無しだ。



杉浦は何も言わない。

私はその沈黙を心地よいかのように感じた。

私の視線の先には杉浦のシャツ。

そのシャツに手を伸ばす。

ガチガチに冷えた指でそれの端をつかんだ。

はぁ、と杉浦からため息が聞こえてきた。

とたん、きつく抱きしめられる。

私の顔は杉浦の胸の中に蹲った。

私は思わず杉浦の背中に腕を回した。

「どうしたいんだよ、お前。」

杉浦があきれたように言う。

寒いからきっと空気を白くさせてだろう。

「そんなの分からない。でも・・・・、」

上を向いて顔を合わせる。

杉浦の顔が赤い。

私も赤いと思うけれど、それはきっと寒さの所為だろう。

「取りあえず、中に入ろうか。」

杉浦はそう言うと、私を抱きしめたまま2,3歩後ろへ歩き、

私を部屋の中へと入れた。

「伊藤さ、何で抵抗しないの。」

されるがままに足を踏み入れる私に、杉浦は本気で呆れたように言った。

「何でって・・・・嫌じゃ、ないから?」

そう言って杉浦を見上げると一瞬驚いたような顔をして、

困ったように笑った。

「参ったな、やっぱりお前には敵わない。」

バタンと扉の閉まる音がやさしく響いた。





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     2005/01/14