シンデレラというお話をご存知ですか?
ガラスの靴で有名なお話ですね。
シンデレラは24時になると魔法が解けてしまうため、あわてて帰るわけですが……。
もしも、シンデレラが楽しさのあまり約束を忘れて24時を王子とともに迎えてしまったらどうでしょうか?
王子の前で魔法が解け、元のみすぼらしい姿に戻ってしまったら。
シンデレラの運命はどうなっていたでしょうか?

約束を破ってしまったシンデレラのお話。
24時の鐘の音とともに、お話は始まります―――。




幼い頃、今はもういない母親に。

シンデレラの物語をよく聞かされた。

子供ながらに、彼女は本当に『幸せ』だったのだろうか、

そう思った。

家族もいないお城で、

愛していると口にした女性を探し当てることさえできない、

そんな、王子と一緒に・・・・。

母は言った。

『美姫はね。私たちがいるからこんな不幸はあわせないけれど、

 ずっとずっと、私たちのたった一人のお姫様だからね。』

そういわれた私は、

今、

現代のシンデレラだと。

そう呼ばれている。



―秋祭りの後の道を二人で―



『美姫さん、よかったら明日の夜ディナーを・・・。』

電話の相手は保利田家の嫡男の光也。

私がシンデレラといわれる所以だ。

「はい、じゃぁ学校が終わったら・・・。」

そう、私の婚約者だ。

「はい、はい・・・。じゃぁ6時に・・・。」

私は電話を切って、その隣にある両親の写真を手に取った。



父の祖父は明治時代の伯爵の家の出で、

一応その直系に当たる私は伯爵家令嬢ということになる。

小学生2年生のときに病弱だった母は病気でなくなり、

4年生くらいまではそこそこ(本当にそこそこだが)いいとこのお嬢ちゃんだった。

父の会社がつぶれ、父の融資していた会社もつぶれ、

しかもお人よしの父は友人にもだまされて、

一気にマンション住まいの庶民へと変貌を遂げた。

別にこの生活で不自由があるわけじゃないから、けっこう私は気に入っている。

父は、今恋人の今井さんと、どのぞの富豪の友人の家のパーティーへ呼ばれている。

お金がなくても、友人の多い父はいつもイベントごとには呼ばれていく。

そうお金がなくっても、若い恋人と寄り添って、いつも幸せそうに笑っている。

そして父の何度となく変わる恋人も誰もが皆、幸せそうに笑っていた。

そんなのを天国の母が見ていたらきっと呆れて笑っているに違いない。

本当は知っている。

お姫様は父の恋人の彼女達のことだ。

たとえ貧乏でも、自分を愛してくれる男がいて、幸せに笑っていられる。

ハッピーエンドなんかはないけれど、その一瞬、誰よりも輝いている。

かつて母がそうだったように・・・。



次の日の夕方。

学校から帰ってきて服を着替える。

婚約を推し進めた光也さんの父、つまり私の父の友人からの贈り物のワンピースだ。

光也さんとは月に数回食事をしたり、所謂デートをする。

多分彼は親からそうするように言われているんだとは思うけど・・・。

家を出るとき、玄関にある鏡で全身をチェックして、思わずため息が出る。

正直なところ、光也さんの事を好きかと聞かれれば、

嫌いではない。

確かに彼は、高校生の私にとっては大人の男性で、優しくってカッコよくって、

同じ高校生の男の子達と比べると、まるで絵本の中の王子様のようだ。

いつも優しく接してくれて、いつも優しく突き放してくる。

お前なんか好きじゃない、自分には金以外何も求めるな。

そういっているようで、たまに私のことを蔑んだ目で見ていることも知っている。

でもなんだか、其れが、ただの王子様じゃなくって、

酷く人間らしくって、必死になって生きている人だって思ったときから。

口には出せないけれど、愛しいなって感じることがある。



近くの駅のロータリーで、彼を待つ。

彼は決して家に迎えには来ない。

まぁ、正直なところ住宅街のマンションに高級車で迎えにこられても困るんだけど。

「お待たせ。乗って?」

光也さんが私が待っていたところに車をつけて、乗るように促した。



「ここ」

車を駐車場に止めて、小さなレストランに入る。

「わ、綺麗なお店ですね。」

ちょっと大人びた、でもぬくもりのある感じを受ける店だ。

席へ通されて光也さんが私の分まで適当に注文をする。

「学校はどう?」

「あ、もうすぐ文化祭があって、少し忙しいですね。」

そういって笑顔を作る。

「そう、高校生だもんぁ。美姫さんのクラスは何をやるの?」

「劇です、童話の白雪姫を・・・・。」

へ〜っと、興味なさそうに呟く。

「童話といえばさ、俺あれ嫌いだな。

 シンデレラ。」

ときん、と胸が鳴った。

母が大好きで、私がどこか納得できなかった話。

「どうしてですか?」

そう聞く。

「シンデレラが、あまりにも他力本願で・・・。

 それに、ラストの『王子様と結婚して幸せに暮らしました』っていうのがさ。

 爵位もない奴が王子と結婚して幸せになれるわけないだろうに・・・。」

ああ、そうか。光也さんの会社は親の代からの成り上がりで、

財閥とかからは一線を引かれている。

だから、私の家柄と、父の広い顔が欲しいんだ。

「私も、あまり好きじゃありませんね。

 やっぱり、ルサンチマン的童話で、不幸なものが無条件に幸せになる童話ですしね。」

「ああ・・・そうだね。」

彼はそう、少し自嘲的に笑った。

「でも、ガラスの靴ってあるじゃないですか。

 シンデレラの魔法は解けたのに、ガラスの靴だけはそのまま残ったんですよね。

 あれって何ででしょうね・・・・。」

光也さんは、さぁ、っと興味なさそうに言った。

食事を口に運ぶと、上品な味が口の中に広がった。

「そうだ、光也さん、再来週の土曜日。

 お祭りがあるんです。よかったら一緒に・・・。」

そう切り出す。

近所の大きな神社で秋祭りがあるのだが、

よかったらと思ったんだ。

まぁ、断られたら友達と行けばいい。

「土曜か、予定はないからかまわないよ。」

にこりと笑って返される。



家の扉を開けたら、丁度父の恋人の今井さんが出てくるところだった。

「あら、美姫ちゃん、お帰りなさい。」

「あ、ただいま。

 もう帰られるんですか?」

「ええ、明日仕事があるから・・・。

 あ、そうだ。」

思い出したように今井さんは鞄をあさる。

「何ですか?」

「これ、美姫ちゃんにお土産。

 見つけたとききっと貴方に似合うと思って・・・。」

受け取ろうとした私の手に収まったのは、

きらきらと大人しそうな石で飾られたバレッタだった。

「綺麗・・・。」

「よかった、じゃぁ、電車の時間があるから行くわね。」

「あ、有難うございました。大切に使いますね。」

にこりと笑って御礼をいった。



「お帰り、美姫。

 今日は光也君とデートだったんだね。

 楽しかったかい?」

「ただいま。楽しかったですよ。」

鞄を下ろして、洗面所へ向かう。

手洗いなどをした後、コーヒーを入れにキッチンへと向かう。

「お父さん。シンデレラって、知ってますよね。」

「ん?其れが?」

新聞を読んでいる父は気の無い返事をする。

「いえ、ちょっとその話を光也さんとしたので・・・。」

新聞ががさり、と動く音がした。

「母さんが、好きな童話だったな・・・。」

そう、父は懐かしそうに呟いた。

「シンデレラの、ガラスの靴は、どうして魔法が解けなかったのでしょうね。」

そう、彼にしたのと同じ質問をした。

「はは、母さんにも言われたことあるよ。

 その質問。」

「え?お母さんが?

 ・・・どう応えたんですか?」


少し、驚いた。

母さんは無垢な人だから、童話の話は全部無条件で受け止めていると思っていた。

「あれはさ。

 シンデレラにかけた魔法とは別の魔法じゃないのかなって、そう応えたよ。」

がさりと、また新聞の音がした。

「どういうことですか?」

「あれは、王子様がシンデレラを好きになるようにって、かけた魔法じゃないのかな。

 だってほら、舞踏会で彼は大勢の中からシンデレラを見つけ出さなければいけない。

 そんなの普通無理だろう?

 だから魔女は魔法をかけたんだ。王子がシンデレラを好きになるように。

 シンデレラの魔法が解けても、その魔法は解けないように。」

お湯が沸いたのを見て、私はコーヒーを二人分入れた。

「・・・そんなの、悲しいですよ。」

そう、呟いてしまった。

「美姫。

 光也君を、よろしく頼むな。

 彼には、美姫が必要なんだから・・・。」

同じ言葉を、婚約前に彼の父からも言われた、と少し思い出した。



王子様は、足を切り落として無理やり靴を履いたシンデレラのお姉さん達を、

お城に連れて行こうとした。

シンデレラが靴を履いて、ぴったりだと見るまで彼女に気付きもしなかったんだ。

そのときシンデレラの足がむくんでいて、ガラスの靴がぴったりじゃなかったら、

ハッピーエンドなんかじゃなかったはずだ。



お祭りの日、今井さんが張り切って浴衣を着せてくれた。

先日くれたバレッタをつけて。

ああ、よかった、浴衣にも似合っている。

「ちょっと季節はずれな気がするけど、まだまだ暑いし、

 浴衣の人いっぱいいると思うの。

 それにちょっと大人っぽいけど美姫ちゃんにとても似合ってるわ。」

ちょっと今井さんは私のことをほめすぎだと思う。

「は、恥ずかしいです・・・・。」

「なんかさ、おもちゃみたいにしちゃってごめんね?

 恋人の子供なのに、私小さい頃からこんな妹欲しくって・・・・。」

ふふっと笑った。

ああ、本当にお姫様みたいだ。

いつか私もこんな顔ができるのかな・・・。

光也さんのそばで・・・・。



「お待たせしました。」

駅前で待つ光也さんに声をかける。

今日はもちろん車じゃない。

「いや、今来たところなんだ。」

私のほうを見たとき、ちょっと驚いたような顔をした。

「似合って、ませんか?」

もう、言われる前に言うしかないだろう。

「いや・・・。」

「晴れてよかった。今朝少し雨が降っていたから、

 中止になったらどうしようかと思いましたよ。

 ・・・・行きましょうか。」

下駄を鳴らしながら、神社へと向かう。

「けっこう人がいますね。

 よかった、もう遅いかと思ったけれど浴衣の人もけっこういる。」

「・・・・・。

 浴衣、似合っているよ。

 ごめん、いつも肝心な言葉が足りなくって・・・。」

「・・・・いえ、嬉しいです。」

思いがけない言葉に、少し頬が熱くなるのがわかる。

「ごめん、こんなところで言うことじゃないよな、行こうか・・・。」

そういって、祭りの中へ足を進める。



きらきら、幻想的な風景。

ノスタルジックな空気が夜を包む。

ああ、射的も、金魚すくいも、プラスチックの宝石売り場も。

もって帰ればたいしたことないけれど、でもここでは特別なもの。

きらきら。



「綺麗ですね。」

そういって、光也さんのほうを見る。

と。

まぁ案の定そこには光也さんはいないわけで。

・・・・はぐれたということだろう。

周りを見回しても、其れらしい人すら見当たらない。

携帯を取り出して、まだ数回しかかけたことのない

光也さんの携帯へかけてみるが、お祭りの中だからかやっぱり通じない。

「・・・・仕方ないか。」

とぼとぼと一人で歩き出す。

さっきの、光也さんの言葉を思い出す。

『いつも肝心な言葉が足りなくて・・・。』

そのとき、後ろからどんっと背中に何かがぶつかり、

目の前にあった水溜りに

手をついてしまった。

「あ、すいません、大丈夫ですか?」

ぶつかった人がそう声をかけてくるが、大丈夫だと、少し笑って返す。

少し、手をすりむいたみたいだ・・・。

ああ、せっかくの浴衣なのに、下のほうは泥でグチャグチャに・・・・。

まぁ、これも仕方がないか。


神社の建物を見つけたので、その縁側へ腰を下ろす。

少し、下駄で足がすれたかもしれない。

周りにはちらほらと人がいるが、メインの道からは外れているので、

光也さんが探してくれていても見つからないかもしれない。

まぁ、それでもいいかとため息をついた。



少し遠くにゆらゆらと光が動く。

ああ、少し眠くなってきた。

昨日の夜眠れなかったから・・・・。

駄目だと思いながらも、瞼が少し、重くのしかかってくる。



「美姫さん!!」

瞼を開けると、光也さんの顔が目の前にあった。

「え??光也さん・・・・?」

ぱちぱちと瞬きをして、周りを見ると、もう祭りの片付けをしているようだった。

「あ、っすいません!寝ちゃって・・・。」

「よく無事だったね。鞄は?財布とか取られてない?」

そう聞かれて慌てて確認をする。

「無事、です・・・。」

祭りで治安も悪くなっているのに、よく無事だったと、

あまりに無防備だったことを反省しながら光也さんを見る。

額には汗の粒が光を反射してる。

「すみません、探してくれたんですか・・・?」

「探したよ、本当に。

 2時間も・・・。」

彼はそう、ため息をついた。

「光「美姫さん。」

「え?」

「あ、悪い、何か言いかけた?」

「あ、別になんでもないです。どうぞ?」

はぁ、っともう一度彼はため息をつく。

「美姫さん。

 昨日、姉に言葉が足りないんだって、相当怒られてさ・・・。

 別に、君の事嫌いなわけじゃないんだ。

 むしろ・・・。

 俺達はさ。好きあって婚約しているわけじゃないから。」

私は小さく頷く。

「だから、御伽噺のようなハッピーエンドにはならないけれど、

 でも。

 少しずつ歩み寄ってさ。

 少しずつ、お互いを大切に思うようになって、

 幸せになって行ければ、って。

 そう思ってるんだ。」

「光也さん。」

不安そうな瞳で、こちらをうかがってくる。

「この間合ったとき、その前から。

 君が、俺のことを少し諦めたような目で見てるから・・・・。

 確かに、メリットのための婚約だけど・・・。

 でも・・・。」

どうしよう。

目の前の彼は魔法をかけられた王子様じゃなくって、

2時間かけて私を探し出してくれた、

そんな、そんな・・・・。

「はい・・・・。」

ろくな、返事もできないけれど。

でも、彼からの初めての確かな言葉。


魔法が解けて、泥だらけのシンデレラと、

同じく魔法が解けて、汗だらけでシンデレラを探し出した王子と。

お祭りの後の独特な道を二人で。



実は婚約する前から彼は私に興味を持っていて、

婚約したのが気まずくて冷たい態度をとってしまったのだと、

自分はロリコンではなかったけど、という言葉を繰り返しながら教えてくれたのは、

また、別の話。










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     2007/09/28